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「ビブリア古書堂の事件手帖 ~栞子さんと奇妙な客人たち~」感想~ビブリア古書堂の事件手帖6からの再読~

ビブリア古書堂の事件手帖 ~栞子さんと奇妙な客人たち~ (メディアワークス文庫)ビブリア古書堂の事件手帖 ~栞子さんと奇妙な客人たち~ (メディアワークス文庫)
(2013/02/25)
三上 延

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今でこそ、累計600万部とかTVドラマ化とか、とんでもないベストセラー作品として有名になってしまいましたが、
4年前にこのシリーズ第1巻が出たときは、それほど派手な宣伝もなく、ひっそりと書店の新刊コーナーに積まれていただけでした。
メディアワークス文庫自体もライトノベルと一般エンタメ、どっちつかずのイメージでしたし、当初はそれほど期待されていなかったように思います。

それがあれよあれよと言う間に、この売れ行き。本当になにがどうなるかわからないものですね。

で、今回あらためて読み直してみたわけですが、意外なほどに、違和感なくすんなり読めたことに驚きました。
この本が出たばかりのころの三上延さんは、まだ大きなヒット作もない中堅のラノベ作家で、この「ビブリア古書堂」だって、続巻が出ることもはっきり決まっていなかったはずなんですよね。売上次第では、この巻で終わっていてもおかしくなかったわけですよ。

でも、今読むと、まるで最初からシリーズ物として想定しているかのような書き方なんですね。最新巻のネタもすでにこのころから考えていたのではないかと思うくらいです。

もちろん、最初から6巻のネタを考えていたわけではなく、あくまで後付けなんでしょうけど、ほとんど違和感なく、1巻と6巻で整合性が取れている構成力には驚嘆するしかありません。

さて、「ビブリア」シリーズは基本、一話完結型の短編ミステリのスタイルです。
が、例えばホームズとワトソンのように、始めから探偵役と助手の関係が確立しているお話ではありません。
ミステリであると同時に、全体を通して、登場人物たちが成長していく過程を描いたストーリーでもあります。
なので、やはり1話から順々に読んでいって、栞子さんと五浦くんの関係に一喜一憂するのが正しい楽しみ方と言えます。

というわけで、まずは1話から見ていきましょう。

※大きなネタばれは避けていますが、なにぶん、6巻まで読んだ後の感想ですので、どこかでポロっとばらしている部分もあるかもしれません。まあ多少のことはご容赦ください。


●第一話 夏目漱石『漱石全集・新書版』(岩波書店)

「子供の頃、本のことで嫌な思いをしてから、本が読めなくなったんです。でも読みたいとずっと思っていました。だから、こういう話を聞くのが楽しいんです」(本文53ページより引用)

6巻まで読んでから再読すると、改めてキャラクター設定のうまさに感服しますね。
特に、五浦大輔という語り役は本当にうまいです。

本が苦手。かといって、読書が嫌いというわけじゃない。読みたいのに読めない体質。でもその「体質」は生まれつきではなく、あることがきっかけだった……。

古書の知識がカギになる「ビブリオミステリー」は一般読者には、どうしても取っ付きにくいイメージがあります。普段から本をよく読んでいなければ理解できないかも、とか考えてしまいますよね。
ましてや、探偵役のヒロインが古書に対して該博な知識を持っているとなれば、「ライトミステリ」としてはちょっとハードルが高いと感じてしまうのではないでしょうか。

そこでこの五浦くんです。
読者と同じ目線で、栞子さんの語る古書の世界に、うまい具合に入っていけるわけです。
本が嫌い、ではなく、読みたいけど読めないという設定が絶妙ですよね。
本には興味あるけど、それほど知識があるわけじゃない。
そんな一般的な「ライトミステリ読者」にとって、これほど感情移入しやすいキャラクターもなかなかいないでしょう。

栞子さんが、安楽椅子探偵よろしく、病室のみで推理しているのも今となっては新鮮に感じます。この辺も古書ミステリとして、うまいなと。語りだけで謎が解けていくことに不自然さを感じさせませんからね。

それにしても、このシリーズって、最初から「血筋」というか「出目」が大きなテーマだったんですよね。改めて、気づかされました。この辺も古典ミステリの王道というか、横溝正史的なものを思い出させますね。

栞子さんと五浦くんの知り合うきっかけが「田中嘉雄」というのも、今となってはなんとも皮肉というか、数奇な縁を感じさせます。


●第二話 小山清『落穂拾ひ・聖アンデルセン』(新潮文庫)

「あの姉ちゃんの手際がよすぎるのが、かえって心配なんだ。頭が切れるのも度を越すと問題だぜ。あの姉ちゃんはそういうことに気が回りそうもねえし、お前が注意した方がいいんじゃねえのか?」(本文164ページより引用)


志田さん初登場。
彼はいいですね。栞子さんが単に本の虫なだけではなく、「頭が切れすぎる」探偵役なだけに、
せどり屋である彼でうまくバランスをとれている気がします。つまり、普通の本マニアなんですよね。「人間をも読みすぎてしまう」んじゃなく。

また、彼の「落穂拾ひ」に対する批評がこれまた面白い。

「人付き合いが苦手で世渡り下手な貧乏人が、不満も持たねえで生きていく、なんてただの願望だわな。ましてそいつの前に純真無垢な若い娘が現われて優しくしてくれる、なんてあるわけねえじゃねえか」(本文121ページより引用)

一見、ディスってるのかと思わせる口ぶりのあとに、こう言わせるのが憎いですw
あれは甘ったるい話を書く奴に感情移入する話なんだ、と。

そりゃ五浦くんも読んでみたいと思いますよね。
こういう感想を「ビブリア古書堂の事件手帖」という、“プー輔”と“内気な古本屋”のある意味「甘ったるい」話の中で言わせているわけですよ。三上さんのドヤ顔が浮かんできそうですw

ところで。

口笛のつもりらしい。相変わらず、本人は意識していないようだった。(本文165ページより引用)

この栞子さんの癖である、スースーという鳴らない口笛って「本人は意図せずに“人を思い通りに動かしている”」ことの象徴だったんですね。
今回読み直して、はじめて気づきました……。


●第三話 ヴィノグラードフ・クジミン『論理学入門』(青木文庫)

『今、君は三段論法を使って話をした。バカな人間に三段論法は使えない……君は絶対にバカではない』(本文197ページより引用)

前にも書きましたが、個人的に「ビブリア」の中でも特に好きな話ですね。
人情話としても最高ですが、ミステリとしてもよくできています。

なにしろ、最初に提示される謎が素晴しいです。
坂口はなぜ本を売るつもりなのか、また、奥さんはなぜそれを止めようとするのか。
まさしく「古書ミステリ」ならばのそそられる題材じゃないですか。

あと、坂口しのぶというキャラクターが実にいいんですね。
うざい女性の典型のように描かれてはいますが、本当にできた女性だと思います。

坂口の言ったとおり、彼女がバカであるはずがない。(本文213ページより引用)

そう、最後の真相を知れば、この五浦くんの言葉が間違いではないことを知ることになります。
そして、その坂口しのぶの言動は、篠川栞子が「隠していること」を五浦大輔に打ち明ける力にもなったわけですよね。

「あたしが読めばいいじゃない。声を出して」(本文208ページより引用)

4年前はさらっと流してしまったこの台詞も、今読むと、どうしても5巻ラストの五浦くんのあの言葉を思い出さずにはいられません。


●第四話 太宰治『晩年』(砂子屋書房)

「自信モテ生キヨ 生キトシ生クルモノ スベテ コレ 罪ノ子ナレバ」

「……みんな悪人、ってことですか」
「必ずしもそうではなくて……生きている者は誰でも業が深い、という意味にわたしは解釈しています」(本文226ページより引用)


1巻の最終章が太宰というのはけっして偶然ではないでしょう。
間違いなく、この「罪の子」という言葉こそが、このシリーズ全体を通したテーマであることは明白です。

この言葉を栞子さんが「自分のことを言われているようで」、「好きな言葉」だと話しているシーンも、6巻まで読んだ後だとまた違ったニュアンスに聞こえますね。

五浦くんも本が好きなことを言っているのかもと、この時点では思っていましたが、もう今ではその本当の意味はわかっているでしょう。そんなことを思いながら再読するのも、なかなか新鮮な面白さでした。

で、この栞子を突き飛ばして大ケガを負わせた犯人ですけど、最新刊6巻で五浦くんも言っていましたが、栞子さんが彼に対してどう思っているか、口にしたことがないんですね。
普通あんな目にあわされたら、怖がったり怒ったりするものですが、どこか淡々としています。
そもそも、「犯人をおびき出すので手を貸してくれ」なんて、うら若き乙女が頼むことじゃないですよねw

突き落とされたことを話しているときも、相手のことを「わたしと同じように、この言葉を好きな人」と称したり、むしろ“同志”としての想いさえも感じさせます。

まあ、その辺が栞子さんの影の部分というか、それが、最後の病院屋上での彼女の行動にも繋がっていくわけですが、“犯人”も栞子さんも、そして五浦くんもみんな「罪ノ子」なんだということを改めて思わされますね。
そしてさらには、彼らは甘ったるい話の枠には留まらない、確かに「人の子」なんだということにも気づかされるわけです。


●連続している物語

こうして読み返してみると、やっぱり「シリーズ」物ですね。
一つ一つの話が完全に独立しているわけではなく、1話が2話に、3話が4話にというように、連続している物語なんです。

志田さんや、小菅奈緒、そして坂口夫婦など、各話で登場する“ゲストキャラ”も、その後「準レギュラー」のような形になりますし、実は一本、筋の通った大きな物語なんだなと再認識させられました。

ところで、この時あたりはまだ、栞子さんも「五浦くん」と呼んでいるんですね。すでに6巻での二人の仲を知っていると、なんだかむずかゆい感じがしますw

この巻では、「大輔」や「笠井菊哉」「大庭葉蔵」など、登場人物の名前そのものがヒントになっている展開も多いので、ちょっと勘の鋭いの人には、簡単にわかってしまうネタもあるかもしれません。
ただ、そこを差し引いても、誰もが楽しめるエンターテイメントとして名作だと思いますね。


栞子さんの本棚  ビブリア古書堂セレクトブック (角川文庫)栞子さんの本棚 ビブリア古書堂セレクトブック (角川文庫)
(2013/05/25)
夏目 漱石、アンナ・カヴァン 他

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作中に登場した主な書籍は、こちらで読むことができます。
(さすがに「論理学入門」は入っていませんし、長編は一部抜粋という形ですが)

二年前に出たものですので、今ではリアル書店での入手は困難かもしれませんが、
ブックガイドとしても有効ですし、今ではなかなか読めない作品も含まれていますので、
「ビブリア」シリーズをより深く味わうための、よい道しるべとなることでしょう。
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tag : ビブリア古書堂の事件手帖

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ぬるく切なくだらしなく。 オタクにも一般人にもなれなかった、昭和40年代生まれの「なりそこない」がライトノベルや漫画を主観丸出しで書きなぐるところです。 滅びゆくじじいの滅びゆく日々。 ブログポリシーはこちら

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