この恋と、その未来。 -一年目 夏秋- 感想~三月三日である意味~
![]() | この恋と、その未来。 -一年目 夏秋- (ファミ通文庫) (2014/11/29) 森橋 ビンゴ 商品詳細を見る |
※この恋と、その未来。 -一年目 春-の感想はこちら。
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ああ、次巻が怖い!でも早く読みたい!
……と、いうわけで今回、
最後の一行を読み終えてからの最初の感想は「とりあえず、この続きを読ませろ!」でしたね。
前巻はサブタイトルで「春」と銘打って、5月末ぐらいまでのお話でしたが、
今回は「夏秋」の名の通り、季節は11月末、「広島えびす講」まで進みます。
-一年目 春-が2014年6月末発売で、
今回が11月末ですから、刊行時期に時系列を合わせている感じですね。
次は“-一年目 冬-”でしょうか。響きからして、不穏な匂いがぷんぷんしてきますが…
それはさておき、今回は季節が一気にふたつも流れるわりには、基本的には平穏というか、四郎と未来の関係自体に大きな変化はないんですよ。
約300ページの本編中、だいたい230ページぐらいまでは、高校生らしいイベントをはさみつつも、四郎の悶々とした屈託を描いていくだけで、ほぼ“春”と雰囲気は変わらずに進んでいきます。
ところが最後になって、ことは大きく動んです。
具体的には、文化祭、そしてえびす講(広島三大祭りのひとつで毎年11月18日~20日に行われます)と秋らしいイベントを通して、ある“出会い”があるんですね。
で、その“出会い”が2人の仲に大きな影響を与えて行くわけです。
そして、具体的に四郎と未来の関係がどうなっていくかは、次以降という…。
ああ、次巻が怖い!でも早く読みたい!(リプライズ)
つまりは、次巻までの“タメ”の話なんですね。いや、むしろ「嵐の前夜」と言ったほうがいいかもしれません。まさに“蛇の生殺し”ですよ!
※今回もネタバレ要注意。
●女性側からアプローチ
今回のポイントは和田香織と三好沙耶です。そう、前巻で四郎と未来がダブルデートをした相手ですね。
「-一年目 春-」を読まれた方はおわかりかと思いますが、和田と三好はそれぞれ、未来と四郎に好意を抱いています。
で、広島に来てから初めての夏を迎えた四郎と未来は、和田、三好の四人で泊まりがけの旅行に出かけることになるわけですが、この旅行を計画、提案して誘ってきたのは和田なんですね。
春のダブルデートのときは未来がセッティングしたのですが、今回は女性側からのアプローチというわけです。
で、実際に和田は未来に“告白”するんですよ。
正直、和田に関してはここまで「本気」だとは思っていなかったので、個人的にはちょっとびっくりしたのですが、
きっと、最初から「告白」するために、この計画は立てられていたんでしょうね。
たぶん和田は、三好に「この旅行で織田くんに告白するから、あんたも頑張りなよ」ぐらいのことを言っていたのではないでしょうか。
●せめて、誰の物にもならないで欲しい
四郎も和田の気持ちには薄々気づいてはいましたが、三好から改めて和田が未来のことが好きなことを聞かされて、心がざわつきます。
俺は未来に恋をしてしまっていて、だけど、それが到底かなわぬものだということは分かっていて、だから、せめて、俺は未来には、誰の物にもならないで欲しいって、思っている。思ってしまっている。(本文66ページより引用)
ただでさえ恋のライバル出現!なのに、それが女の子となれば、そりゃあ混乱もしますよねw
まして、彼は「一生この恋を表には出さない」と誓ってもいるわけです。
そんな彼が「せめて、誰の物にもならないで欲しい」と思ってしまうことを、いったいだれが“わがまま”と言えるのでしょうか。
●「男」としての未来、「女」としての未来
未来が女性から好意を持たれているという事実は、彼を混乱させます。
未来がいつか男の体になったら、自分の気持ちも変わるのだろうかとか、
たくましい体にも自分は反応するのか、とか。
この辺は、あらためて「男」としての未来を認識してしまい、
それを認めてしまうのを恐れている裏返しのような気もしますね。
三好のこともそうです。
彼は彼女自身には好感を抱いています。
未来に対する気持ちを考えなければ、「この子を好きになったら、きっと楽しいだろうな」とまで思っています。
でも、それでも未来が三好を勧めてくることに、“辛い”と思ってしまうんですね。
たとえ、未来が女がいない間の男同士の秘密を共有する感じを楽しんでいるとしても、
未来の体は女で、自分の体は男で、どうしても異性として意識してしまう自分がいるのですから。
何が二人きりにしてやる、だ。
(中略)
考えているうちに無性に腹が立ってきて、ついには、
「未来のバーカ!」
と叫んでいた。(本文48ページより引用)
「出てこないと、今から未来の秘密を暴露してやるからー!」
それでも周囲は静まり返っている。俺は構わず続けた。
「じゃあ、発表しまーす! 未来はー、実はー!」(本文49ページより引用)
やたらと三好と二人きりにしようとする未来に対して、
四郎は、本気ではないにしろ「暴露」してやると叫んでしまいます。
どこかで、あくまで「男」として接してくる未来を否定して、「女」としての未来を周りに認めさせたい気持ちがあったのかもしれません。
●好きとか嫌いとかよくわからない
和田が未来に振られた以外は、別段何も変わらずに夏休みは過ぎて、季節は秋。和田に触発されたのか、今度は三好が動き出します。
なし崩し的に文化祭委員に決められた四郎の後、まるで見計らったかのように、三好はおずおずと手をあげて委員に立候補します。
そして、あまり乗り気じゃない四郎をけしかけるように、クラスの出し物をきちんと進行させることにやる気満々です。
ひょんなことから「女装喫茶」に決まったときも、四郎が「今のなし」とするのを先回りするように三好が後押しして決めたようなものでしたし、彼女自身、四郎と一緒に文化祭を成功させたいという強い思いがあったのでしょう。
でも、肝心の四郎はそんな三好の想いにはまったく気づきません。むしろ、「女装喫茶」という微妙な出し物で、未来が傷つかないかどうかばかり気にしているわけです。
そんな中、和田に三好との仲について問いただされます。
「ところで、あんた、沙耶とはどうなの?」
(中略)
「そんなこと言われても、困ります」
すぐさま、
「沙耶のこと、好きじゃないの?」
(中略)
「好きとか嫌いとか、よく分からないのです」
「ガキじゃあるまいし!」(本文176ページから177ページより引用)
最後のツッコミには思わず大きく頷いてしまいますが、まあ四郎の言い分もわかるんですよね。
だって、
「好きとか嫌いとか、よく分からないのです」
これって、三好のことじゃなくって、絶対、未来のことでしょう。
まさに本音ですよね。
未来が袖を通したメイド服を見ただけで、悶々としてしまうような健全な青少年ですよ。
一方、メイド服姿の未来を女と意識してしまわないように、その携帯画像を泣く泣く削除するようなストイックな男ですよ。
そりゃ、自分の気持ちなんて分かるわけないですよ。
なお、四郎が和田に対して敬語を使っているのは、
「女の人に強く来られると、委縮しちゃうから」だそうです。
こういったところにも、彼の特殊な女性への苦手意識が出ていますよね。
●好みのどストライク
さて、そんなこんなで、なんとか文化祭当日を迎えるわけですが、そこで、四郎と未来はある女性と知り合います。
その人の名は「山城要」。
美人作家の「西園幽子」(!)の従妹である彼女に、未来は一目惚れします。
しかし正直、「東雲侑子」シリーズの世界が、
ここまでがっつり作品世界にリンクするとは思っていませんでしたね。
前巻にも未来が「西園幽子」ファンであることは語られていましたが、今回は伏線まではって、物語に関わってきます。
「そんな好きなの? なんなら付き合いたいレベルなの?」
(中略)
「まあ……そこまで本当に付き合えるとは思っていないよ。俺もそこまで馬鹿じゃないけど、たださ、凄い、好きなんだよね」
そこまで言ってから、未来は何だか恥ずかしそうに笑い、
「顔が」
と、付け加えた。
「顔が」
俺は未来の言葉を繰り返した。
「好みのど真ん中ストライクなんだよ」(本文108ページより引用)
ここは明らかに、
文化祭初日の夜、山城要と連絡先を交換したことを嬉しそうに話しながら
「あんな、どストライクな子、初めてだわ」(本文240ページより引用)
とつぶやいた未来のセリフの伏線だったわけですね。
四郎は、夏の時などとは比べものにならないくらいに不安と苛立ちを覚えます。
そりゃそうですよね。和田のときは彼女の一方通行と言ってもよかったでしょうが、今回はむしろ未来のほうが熱をあげているわけですから、そりゃ気が気でないでしょう。ましてや、同じ学校の子とは付き合えないと言っていた未来にとって付き合い得る条件の女性です。
彼のどうしようもない気持ちは未来だけではなく、相手の女性にも向けられます。そう「嫉妬」です。
俺は、山城要に嫉妬していたのだ。未来を夢中にさせる美貌や、未来が好きな作家と親戚関係にあるという、その生い立ちに。
俺だって、松永正樹の息子だけどさ。
生まれて初めて、俺はそんなことを思ってしまった。今まで生きてきて親父のことを胸を張って主張したことなんて、なかったのに。(本文290ページより引用)
●もっと、遠くにいる人
えびす講に姉が遊びに来るというので、広美のお店を任されたのをきっかけに、三好と四郎も少しずつ距離を縮めていきます。
そして、未来が山城要に「OK」の返事をもらったことをメールで知ったその直後、四郎は三好に告白されるのです。
「松永君は、好きな人、おるン?」
「いるよ」
俺は、答えた。(本文299ページより引用)
あっさりと答える四郎はちょっと意外でしたが、その後の独白を読むと、なるほどと思わされます。
いっそ、楽になってしまいたかった。ずっと自分の胸の内だけに留めておくには、この恋は辛すぎると思って。(本文299ページより引用)
で、ここで、それは和田香織のことなのかと尋ねる三好への返答が泣かせるんですよ。
俺のつまらない想いのために未来を裏切るわけにはいかないと、すんでのことろで未来の名を出さずに彼はこう答えるんです。
「もっと、遠くにいる人、だよ」
いやあ、ここは正直、うるっときてしまいましたね。
彼は未来への想いに対して罪悪感を抱いているんですよね。
三好に二人は本当に仲がいいと言われたときにも彼はこんなことを思っています。
本当は仲が良くなんて、ない。だって俺はずっと、未来を裏切り続けている。それなのに俺は親友のような顔をして、未来と一緒にいたいがために自分の本当の気持ちを押し殺して、嘘をつき続けている。(本文250ページより引用)
つまり、自分の“恋”は未来のGIDという事情を一切考えていない、単なるエゴでしかないと思っているわけです。
こういう若さゆえのストイックさは、一歩間違えば、グロテスクにも感じてしまう面があるかとも思うのですが、それをこの作品は、前述のような詩的ともいえるセリフでうまく切り取ってみせるんですよ。
「もっと、遠くにいる人」
本当に、主人公の未来への想いを一言でつたえる、至言だと思います。
●うちが、忘れさせたげるけェ
で、ここで結果的に四郎は三好の告白を受け入れるわけですが、
これは別に未来への当てつけではないんです。
「本当に、勝手なんだけど、俺のほうこそ、自分勝手なんだけど、俺が一番好きな人は、今は、三好さんじゃなくて、他の人で、だけど、俺はその人のこと、忘れなくちゃいけないんだ。どうやっても。いつかは、忘れないといけないんだ。そうしないと、その人に、迷惑がかかるから」
(中略)
「だから、俺と、付き合って、くれませんか。俺にその人のこと、忘れさせてほしい。俺は、三好さんのこと、好きだ。今は、その人の、次に。でも、三好さんなら、きっとその人のこと、忘れさせてくれると思うんだ」(本文302ページより引用)
いやあ、改めて書き出すとすごいこと言っていますねw
でも、これだけ見るととんでもない女泣かせの口説き文句にしか思えませんが、ここまで四郎の辛さを目の当たりにしてきた読者には、これが偽りざる四郎の切なる気持ちなのだということが伝わってくるわけですよ。
三好がこれに対して、どう答えたのかはここではあえて触れないことにいたしましょう。
というか、こっぱ恥ずかしくて語る気にもなれません!
ただ、一言だけ言わせてもらうなら、三好という子は都合のいい女のように見えて、実はかなりやっかいなタイプと見ましたね。
次回への不穏な空気は、主に彼女のパーソナリティにかかってくるような気がします。
●未来の誕生日の意味
しかし、「西園幽子」がレギュラーなみに物語に関わってくるのには驚きましたが、
あとがきを読んだらさらにぶっ飛びました。
なんと、「東雲侑子」シリーズの後日談というか、
三並英太と東雲侑子のその後のSS(ショートストーリー)がおまけとして載っているのです!
しかも主人公の父親である松永正樹が二人の仕事にも大きく関わってくるんですから。
前回のヒロイン・東雲侑子が四郎の父親を「とても繊細な人」と称しているのもなんだか意味ありげで、どうにも落ち着きません。
次回以降、たぶん父親である松永正樹がキーマンとして大きな意味を持ちそうですし、ますます穏やかではすみそうにありません。
ところで、今回で、未来の誕生日が三月三日(雛祭り!)であることが判明しました。
つまり、彼女(?)が18歳になるのは高校生活三年間の最後ということです。
そして、それは高校卒業後には両親の同意を待つことなく、自分の意志でホルモン注射を打てるということを意味します。
この設定をしたのは偶然ではないでしょう。森橋さんは明らかに意図的にこの「期限」に意味を持たせています。
次巻は-一年目 冬-。
四郎と未来の高校生活三年間を、どうにか書き上げられたら、いいけれど。
(あとがき308ページより引用)
ぜひとも、
-三年目 冬-。
まで無事刊行できることを祈って止みません。
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