「なにかのご縁 ゆかりくん、白いうさぎと縁を見る」感想~つながりの物語~
![]() | なにかのご縁―ゆかりくん、白いうさぎと縁を見る (メディアワークス文庫) (2013/04/25) 野崎 まど 商品詳細を見る |
「ゆかり」
「それはまた」
うさぎさんは赤い目を細めて言った。
「縁深い名前じゃの」(本文98ページより)
そのアクロバット的な作風と意表をついた展開のうまさで、一部で話題の野崎まど。
デビュー作「[映] アムリタ」から「2」までのような“人知を超えた存在”をテーマにした作品群や、さらにそれらの発想をSFとして昇華させた「know」(日本SF大賞ノミネート作品)、
もしくは奇想天外な発想力がくせになる「野崎まど劇場」といった作品ばかりが取り沙汰されますが、
実は一般受けする(?)“ほっこり”エンタメ小説もこっそり書いていたりします。
それが、この「なにかのご縁」シリーズ。
ディープな野崎ファンからは軽視されがちな作品ですが、これが意外と馬鹿に出来ないんですよ。
9月末に2巻目が発売されましたが、まずはシリーズ1作目からご紹介していきたいと思います。
では簡単なあらすじから。
珠山大学自治会執行部平部員の波多野ゆかりは、ある時1本の長い紐を発見する。その紐を辿って行くと白いうさぎに出会う。いきなり人語を喋って、“うさぎ”ではなく「うさぎさん」と呼べとのたまう彼は、その紐は『縁』であり、自分は『縁』の紐を結んだり、切ったりする“なにか”であるという。さらにうさぎさんが言うには、ゆかりには『縁』の紐を見る力があるらしい。こうして、一人と一匹の『縁』をめぐる物語がはじまる……。
とまあ、こんな感じ。
文庫裏のウリ文句「人と人との“こころのつながり”を描いた、ハートウォーミング・ストーリー」に嘘偽りはありません。最後ではしごを外されるような展開もなく、物語はほっこりファンタジーのままです。
形式としては連作短編ですね。全4話からなるお話は必ず、『それは何かの縁だった。』の一文から始まって、毎回、ゆかりくんとうさぎさんが、『縁』にまつわるトラブルを解決して行くスタイルになっています。
一見、よくある人情もののように思われるかもしれません。しかし、そこはさすがに野崎まど。ところどころ“まど”テイストをちりばめています。
では、各1話ずつ見ていきましょうか。
●第一話
「お前」
うさぎの重々しい声が響く。
「さっきからうさぎうさぎと呼び捨てか。失礼であろう」
「え、あ」僕は素で慌てた。「すみません」
「敬称をつけい敬称を」
「うさぎ、さん」
うさぎはフンフンと鼻を鳴らして頷いた。
これでいいらしい。(本文25ページから26ページより引用)
ゆかりくんのお人好しぶりとうさぎさんのとぼけたキャラを印象づける回ですね。
健気に1年の間、先輩を想い続けてきた後輩のために、懸命に『縁』を結ぼうとする奮闘するゆかりくんは実にわかりやすいキャラです。
また、うっかりゆかりくんの『縁』を切ってしまったことを逆に利用して、ゆかりくんを手伝わせるうさぎさんもひょうひょうとしていながらどこか憎めない感じで、
まさに迷コンビ誕生秘話として味わい深いものとなっていますね。
うさぎさんの語る『縁』の話はけっこうシビアです。
「(以前にわしは言ったな。心が変われば縁も変わると。だがそれは、縁が人の言うようになるという意味ではない。心の有り様が変われば縁も影響を受けるというだけだ。縁がどう変わるのかは、人心の外にあること)」
「(知り合いだから深いとか、恋慕を募らせたから結ばれるとか、そういうものではないのだ)」(本文62ページより引用)
それに対して、ゆかりくんは本当に人が好すぎるというか、ある意味、こどものような純粋さを持っています。
この一年。
彼女はずっと、ずっと傘屋先輩を見ていたのだ。
なのに。
「縁がない、だなんて」
そんなの。
「そんなの悲しいじゃないですか!」(本文78ページより引用)
……こうですから。
さらには「人の縁なんて見えなければこんな辛い気持ちを味わうこともないのに」と思ってしまうゆかりくんは、いわゆる“やれやれ系”とはひと味違う主人公ですね。
そんな、とことん人間を信じているゆかりくんと、ドライなようでとぼけたかわいさのある師匠(?)のうさぎさんとのコンビは読んでいて飽きません。
基本、うさぎさんがボケでゆかりくんがツッコミなんですが、
漫才のような会話の随所に、うさぎさんによる『縁』に関する含蓄のある言葉が挟まっていたりして、けっこう一筋縄ではいかない面もあります。
「縁は流転の中で結ばれ、流転の中で切れる。それは人の与り知らぬ世の理(ことわり)である」(本文31ページより引用)
そんな「世の理」をうさぎさんが耳で固結びしたり、はさみのようにチョンと切ったりしているというシュールさ!
この辺はちょっと“まど”っぽいのではないでしょうか。
正直、先輩と後輩の『縁』の話は他愛ないものですが、そちらは本筋ではなく、むしろゆかりくんとうさぎさんの“なりそめ”の話と考えればいい1話目かと思います。
●第二話
「縁は人のあらゆる関係にあるからして。たとえば友人の間にも縁はある。あの者たちの縁は恋情というより友誼に近い気がするのう。」
(中略)
「どうやって見分けるんです?」
「見ればわかるだろうに」
「え、どの辺で」
「あの娘のメイクの感じとか」
僕は聞き流した。(本文118ページより引用)
縁はなにも色恋だけではありません。
ここで語られるのは、サークル仲間における友情の『縁』の話です。
収録されている中でも特にコメディ色が強い話ですが、それと同時に、恥ずかしいほどに熱血青春ストーリーでもあります。
まあここでは、
“溶接とは人生のようなものだ”と熱く語る溶接技術研究会の工場長と、常に眼鏡を上げてばかりいる綾小路くんの二人に尽きますね。
特に、綾小路というキャラは、すごいです。
とにかく、彼は眼鏡を上げることしかしないんですが、あまりにも眼鏡を上げてばかりいるために、
なんだかその行為が崇高な意味でもあるように思えてしまうほどですw
キャラクターのぶっ飛び具合がいい感じに“野崎まど”らしさを醸し出していると言っていいでしょう。
●第三話
「どんなによくできていても、どんなに手がかからなくても、僕は子供なんです。子供がいるっていうことは、家族が一人多いっていうことは、それだけで凄く大きな負担なんです。僕を食べさせるために、母さんはあんなに苦労しているんです」
僕は。
かける言葉を失っていた。(本文207ページより引用)
色恋、友情ときたら次にくる『縁』は「家族」ですね。
うさぎさんもいうとおり、「血縁」というくらいに、生まれた時から当たり前に有り過ぎるために、逆に他の縁よりも見えにくい縁ですが、とにかく強靭で綱引きの綱のような頼もしい縁なのです。
ここで出てくる篠岡くんはとても小学四年生には思えません。どこまでも利発的で、親の気持ちを慮ってばかりいます。
いい子であるのは間違いないんですが、正直、可愛くないというか子供らしくない子供なんですね。
そんな篠岡くんの横顔に、大人でも見せないような陰りがあるのを、ゆかりくんは見逃すことができません。
そんなゆかりくんの人の好さっぷりがもうたまらなくなる話です。
4つの話の中でもっとも短い話ですし、これといって盛り上がる場面があるわけでもありませんが、
個人的には一番グッときた話でした。
●第四話
「血縁はとても強い。だがこの世には、時に家族の縁すらも凌ぐほどに、強固で甚だしい縁が存在する」
(中略)
「死人の縁よ」(本文266ページより引用)
死人の縁には片側がありません。
だからこそ、堅牢です。そして、強すぎる縁は周りの縁を切れやすくし、新しい縁を結びにくくもするのです。
そして、死人の縁の紐は果たしてどこにつながっているのか。
それはなんと、うさぎさんにもわからないとのこと。
そんな縁をなんとかして切ろうと必死になるゆかりくんは本当にかっこいい主人公です。
縁を切る。
普通に考えれば冷酷なこの所業が、この話では逆に慈愛に満ちた行為になっているんですね。
最後に冬が終わり、春がやってくるのも万物流転というか、『縁』の本質を表しているかのようで、
ベタでありながらも不思議な読後感を残します。
●やっぱり、野崎まどらしい物語
こうしてみると、4部構成として実にうまくできています。
まず、普通に恋の縁。次に仲間の縁。そして、「生」の縁ともいえる家族の縁。最後に「死」の縁。
まさに“この世の理”というか、あらゆるものの“つながり”の話なんですね。
そう考えるとこれはやっぱり、野崎まどらしい物語です。
“ほっこり”を書く際に『縁』を題材にするまでは誰でも思いつきますが、
『縁』の紐をうさぎが管理していて、兆しを見て結んだり切ったりする、という設定に、この作者らしいいやらしさが出ています。
ゆかりくんが紐を見すぎると燻されるかのように目が痛くなるとか、何というか「舞台設定」に遊びごころがあるんですよ。
あとは何といっても「キャラクター」の魅力が大きいですね。
これこそが、この作品を“野崎まど”作品と足らしめている最大のポイントかもしれません。
例えば、縁結びのプロ・うさぎさん。
彼は二本の耳で縁の紐を固結びをしたり、はさみのようにチョンと切ったりする、縁結び業界の自称・専門家なんですが、
まあはっきり言って、性格が悪いです。というか、こんなやつに「世の理」をいじられたくないですw
「前にも思ったんですけどうさぎさんて実はそんなに詳しくないでしょう……。」
「失敬なやつじゃ。わし以外に専門家がおるか。プロフェッショナルじゃ。プロうさぎじゃ。」(本文312ページより引用)
こういった人を食った設定は「死なない生徒殺人事件」にちょっと近いものがあるかもしれません。
あと何よりもゆかりくん直属の上司(?)である自治会総務部長・西院澄子さん!
彼女は“超越した存在”なんですよ。いわゆる“チートキャラ”というか、ようするに天才なんですね。
“野崎まど”作品には必ずと言っていいほど、「あらゆる森羅万象に精通している」神のような存在が出てくるのですが、この作品においては彼女がそれといっていいでしょう。
最後の第四話では、いつ「本性」を表すかとちょっとドキドキしたぐらいですからねw
まあ、結果としてまっとうなハートウォーミングストーリーのヒロインのままでいてくれましたが。
デビュー作から「2」まで一気に書ききった野崎まどは、おそらく、
次は「世界観」や「物語」で意表を突くのではなく、「設定」と「キャラクター」で読ませるものをと考えたのでしょう。
その試みは見事に成功していると思います。
初めて「野崎まど」を読むなら、普通は「[映] アムリタ」か「know」ということになるでしょうが、
「なにかのご縁」から読むというのも意外とアリかもしれませんよ。
(いきなり「野崎まど劇場」はお勧めできませんがw)
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