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「知らない映画のサントラを聴く」感想 ~「ゴールデンタイム」はこれで完結した~

知らない映画のサントラを聴く (新潮文庫nex た 111-1)知らない映画のサントラを聴く (新潮文庫nex た 111-1)
(2014/08/28)
竹宮 ゆゆこ

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「あっ、竹宮ゆゆこ!」
「あー何か聞いたことがあるー、「とらドラ!」とか…」
「でもコレは読んだことない……」
「どんな話? コレ……」

「え――「知らない映画のサントラを聴く」という新作で…枇杷という名前の無職女子と……かつての親友の元カレがいて……付き合うか付き合わないか、つまり…」 

itsumo_yuyu.jpg 
……ごめんなさい、ちょっとやってみたかったんです。
(島本和彦「アオイホノオ」を知らない人にはわからないですよね)

えー、「ゴールデンタイム」完結から半年、
これまで舞台を中学→高校→大学と変えてきたゆゆこが、初めて電撃文庫から離れて新潮文庫nexにて放つ一発目。

それが「知らない映画のサントラを聴く」です。


とりあえず、感想を述べるなら
大満足です。
個人的には、現時点での竹宮ゆゆこ最高傑作ですね。

まあ私は「わたしたちの田村くん」よりも「とらドラ!」、「とらドラ!」よりも「ゴールデンタイム」が好きな、マイノリティゆゆこファンですので、参考になるかどうかわかりませんが。

今回はどちらかというと、ゆゆこ作品既読者向けの紹介になっていますが、ゆゆこ作品を知らない方にも読むきっかけになればと思っています。

●人間再生の物語

あらすじとしては、裏表紙の以下の紹介が一番わかりやすいかもしれません。

錦戸枇杷。23歳。無職。夜な夜な便所サンダルをひっかけて“泥棒”を探す日々。奪われたのは、親友からの贈り物。あまりに綺麗で、完璧で、姫君のような親友、清瀬朝野。泥棒を追ううち、枇杷は朝野の元カレに出会い、気づけばコスプレ趣味のそいつと同棲していた……!

キャッチは「これは恋か贖罪か」が一番的を射ているかと思います。
「圧倒的恋愛小説」を期待するとちょっと拍子抜けかも。
だって、これ「恋愛小説」以前の“人間再生”の話ですからね。

要するに恋愛さえできないくらいに罪の意識の前で堂々巡りをしている男女が罪と戦う決意をするまでの話なんです。
むしろ「恋愛」的な要素はいままでの竹宮ゆゆこ作品の中で一番薄いのではないでしょうか。

●いつものようなゆゆこ

さて、主人公が大学生から“23歳無職”、ラノベレーベルから新潮文庫に移っての新作とくれば、
いよいよライトノベルを卒業して桜庭一樹路線ばく進か?と思われるファンもいらっしゃるかもしれません。

でも、ご安心を。新潮文庫に書くからといって、変に気張ってはいません。
内容はまごうことなき「いつものようなゆゆこ」です。
どっぷりという感じがぴったりの濃い心理描写や軽快でテンポのよい会話劇、微妙に対象年齢高めなギャグやネタなど、
一般レーベルだからといって変に「文学」を意識しているわけではなく、いつものゆゆこワールドが繰り広げられています。いわゆる“ゆゆこ節”は健在と言っていいでしょう。

●女性目線ならばの生々しさ

もちろん、まったく同じパターンというわけではありません。

まず主観が錦戸枇杷という女性であるということ。
それまでも「ゴールデンタイム」のスピンオフでは女性目線もありましたが、300ページ超の長編を通して女性というのは初めてですね。

そして、先程も書きましたがいわゆる「ラブコメ」色の薄さ。
“コメ”というか笑いどころは「ゴールデンタイム」以上に多かったぐらいですが、“ラブ”要素はほのかに香るぐらいでしょうか。
そういった意味では、やっぱり作風を微妙に変えてきたといっていいかもしれません。

特に女性目線という点はかなり大きいですね。
竹宮さんの女性キャラはラノベらしからぬ「生々しさ」が特長ですが、
それが主観として語られることによって、より女性の“生”の部分がむき出し状態になっています。この辺は女性作家ならばといったところでしょうか。

とにかく、序盤の実家におけるニート生活の実態とか、同棲生活での昴とのなにげない会話とか、もう女の子に対する幻想をことごとく打ち砕いてくれること請け合いですw

いままでも、そういったリアルな女の子描写は「とらドラ!」や「ゴールデンタイム」でもありましたが、男主観ではない分、より強烈な印象を持って読者にせまってきますね。

●キーワードは「回転」

そして、なんといってもプロローグが圧巻です。
読者は、どういう状況か今ひとつ飲み込めないまま、ひたすら「回転」するものの羅列を読まされることになります。

ナポレオンズ。
Coo Coo TRAINの冒頭の動き。
「読み込み中…」のgif。

寿司もじゃん、竜巻もじゃん、と、まるで初めて知ったかのようにヒロインの枇杷は、すべてが回っていることに衝撃を受けます。そして彼女はこう思うのです。

ならば自分だってそうだ。回転する。回転してる。

そう、この作品のテーマはここにあります。
そして、最後まで読み終えたあと、誰もがもう一度、この冒頭の場面に戻ることでしょう。

●ゆゆこヒロイン史上もっともダメなヒロイン

というわけで、今回の主人公は23歳・無職の女性なわけですが、
これがまあ、うら若き乙女とは思えないほどのダメっぷりなわけです。

実家住まいで、家族がみんな出払った正午過ぎに目が覚めて、ノーブラTシャツにボロボロパンツの格好で食パンを手づかみでむしりながら、炭酸の抜けきった缶ビールで流し込む。
親には就活していると嘘をつきつつ、ひたすらごろごろしている毎日。特に趣味もなく彼氏もいない友達もいない、そして欲しいものもやりたいこともなにもない。

正直、若干引く勢いです。さすがにこんなヒロインはないだろうと。
罪滅ぼしとばかりに食事の後片付けや草むしりをこなしてはいますが、文字通りの「家事手伝い」を一所懸命やってます!アピールが逆にうざいというかなんというか……。

どうも竹宮さんの作品は、「田村くん」「とらドラ!」「ゴールデンタイム」、で今回の「知らないサントラ」と、主人公の年齢が上がるほどにどんどんダメ人間度も上がっていく傾向があるようですが、この錦戸枇杷は最強ですねw

もちろん、彼女も最初からダメ人間だったわけではありません。
かつてはバレエをずっと続けていて、踊るのが大好きな少女でした。そして、清瀬朝野という誰よりも大切な親友がいたのです。

でも、大学4年の夏、彼女はそのすべてを失ってしまいます。
それ以来、彼女はずっと「現実」を拒否し続けているわけですね。

●未熟者ミーツ未熟者

そんな人として終わっている毎日を送っていた枇杷ですが、ついに、枇杷の生活態度にしびれを切らした家族によって家を追い出されるはめになります。

たどり着いた場所はかつて朝野が住んでいた場所。今はコインパーキングになっているそこで、彼女はずっと探していた「敵」を見つけます。
親友だった朝野からの贈り物を奪った、コスプレ趣味の泥棒野郎。
そう、そいつこそ朝野の元カレ、森田昴だったのです。

まあ、実質ここから物語が始まるといっても良いんですが、
もうね、そこで枇杷と昴がファミレスにて繰り広げる掛け合いの破壊力ときたら!

「……しかも俺の事を強制終了しようとしている……?」
よくわかったな、エア Ctrl + Alt + Delが。

(本文P149より)

この辺の会話センスはやっぱり唯一無二といっていいのではないでしょうか。
「今はもはや、俺が朝野だ!」「ひいいぃぃぃ……」とか
個人的に、ふたりが初めて会話するこのファミレスシーンが一番好きな場面かもしれません。

その後、成り行きで昴の部屋に一泊することになってしまう枇杷ですが、
ここでの2人の会話がまたすごいんですよ。
自分の罪を断じてくださいよとばかりに懺悔する昴と、それを言ったらお互い様なんだよ、と返す枇杷。

「朝野は……戦っていたんでしょ」
「その設定でいくって決めたなら、貫けよ」
「……取り入れてくれるのか」
「うん。ぶったりしてごめん」

(本文P187より)

変態で強盗な昴への見方が、少しずつ変わって行く枇杷の心情に胸が詰まります。

竹宮さんも「ボーイミーツガールというより、“未熟者ミーツ未熟者”?」と、
一部書店で付いてきた特典のあとがきで書いていましたがまさにそんな感じですね。

かつての罪に苛まされて苦しみつつも、
お互いをまるで鏡合わせのようにして、かつての朝野をそこに見てしまう寂しさ。

「なんかこう、切なげな顔してたから」
「……それは、そうじゃなくて。多分、寂しい顔をしてたんだよ」

(本文P266から267より)

そして、枇杷はその寂しさをどう飲み下していいのかわからないのです。

この後、彼らが何を思い、どう感じて「罪」と向き合う覚悟を決めたかは、読んでからのお楽しみにしたほうがいいでしょう。
所々ゆゆこらしいとっぴなギャグを挟みながらも、物語は痛快なまでに「再生」へと走り出していきますよ。そう、便所サンダルのままで。

●「ゴールデンタイム」真の完結編

さて、ここからは超私見になります。

今回で、私は前作「ゴールデンタイム」を思い浮かべずにはいられませんでした。

というのも、私は「ゴールデンタイム」がゆゆこ作品で一番好きな作品なのですが、
どうしても最終8巻の終盤の流れだけは納得できなかったんですよ。

超展開だった橋のシーンもさることながら、最後までリンダというキャラクターがよくわからなかったことと、そのリンダがヒロインである香子とけっきょく正面からぶつかることなく、なあなあで終わったような気がしたからなんです。
だからせめて、「リンダ主観のスピンオフ」があと一つ欲しいなあと思っていました。

で、今回の「知らない映画のサントラを聴く」がそれに値する思ったんですよ。
そうか、リンダはこんな風に苦しんで、そして自分なりの答えを見つけたのかも、と感じたんですね。

ひょっとすると竹宮さんもどこかで「ゴールデンタイム」の終わり方にやり残したことがあると感じたのではないでしょうか。
テーマだってけっきょくのところ、どちらも「何度でも生まれる」ですからね。

ある意味、これでようやく「ゴールデンタイム」という作品も完結できたのかもしれません。
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tag : 竹宮ゆゆこ

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ぬるく切なくだらしなく。 オタクにも一般人にもなれなかった、昭和40年代生まれの「なりそこない」がライトノベルや漫画を主観丸出しで書きなぐるところです。 滅びゆくじじいの滅びゆく日々。 ブログポリシーはこちら

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