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「いなくなれ、群青」感想 ~「悲観主義者」にとってのハッピーエンド~

いなくなれ、群青 (新潮文庫nex こ 60-1)いなくなれ、群青 (新潮文庫nex こ 60-1)
(2014/08/28)
河野 裕

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新潮文庫nex」の感想第2弾は「いなくなれ、群青」。
サクラダリセット」シリーズが有名な河野裕氏の最新作ですね。

新潮文庫としても今回のnexブランドでフラグシップ扱いしているようですし、
かなりの自信作と見込んでのピックアップです。

まずはあらすじ紹介を。
舞台は“階段島”と呼ばれる外界から隔絶された島。そこは「捨てられた人々の島」とされ、主人公の七草をはじめ、住んでいる人々は皆、なぜここに居るのか記憶がない。
そんな七草がある日、かつての同級生・真辺由宇と再会するところから物語は始まる……。

正直、この説明でどれだけ作品の世界観が伝わるか不安ですが、とりあえずこんな感じです。
一応、「青春ミステリ」と銘打っているのでネタバレはさけたいのですが、概要をかくのもけっこう神経を使いますね。
今回の感想は“ネタバレ”を避けて書くのもなかなか難しそうですが、できれば未読の人に紹介する形にしたいので、なるべく核心部分には触れずにいこうと思っています。

●主人公は「悲観主義者」

で、一言でいうと「寓話」でしょうか。
舞台からして非現実的ではありますが、ファンタジーというよりもむしろ寓話と言ったほうがしっくりくる感じですね。
なので「青春ミステリ」というフレーズに惹かれて読み始めるとちょっと肩すかしを食らうでしょう。


あらすじを見てもわかるように、“階段島”という設定自体がミステリー仕立てになっていて、
夢か現実かよくわからないまま、淡々と話が進んでいきます。
主人公の七草も自らを「悲観主義者」と名乗っていて、自分の境遇をすんなり受け入れているようです。
彼が何を考えて階段島で生活しているのか、感情が今ひとつ伝わってこないため、語り部が一人称にもかかわらず、どこか冷たい印象を与えます。

また、“百万回生きた猫”と名乗る青年とか、生徒の前に立つのが怖くて仮面を被っている教師、
はたまた、時計が嫌いで秒針を“解放”することに執着する配電塔の管理人など、
ある意味、初期の村上春樹を彷彿させるようなメタファー的な存在が普通に出てくるので、そういったものが苦手な人にはおすすめできないかもしれません。

まあ、これらも「階段島」とはそもそも何か、という部分に深くかかわってくるところで、
最後まで読むとそういったキャラクターも舞台設定的に必然だと分かるんですけどね。
いずれにしても、意外と人を選ぶ作風かと思います。

●彼女は「理想主義者」

そんな七草がある日、一人の少女と出会います。彼女の名前は真辺由宇。2年前、中学2年生の夏まで同級生だった彼女との感動の再会です。
でも彼は納得できません。「どうして、真辺由宇がこの島にいるんだ?」

彼女は「理想主義者」です。
世界は希望に満ちあふれ、努力は必ず報われ、理想は必ず実現する。
そう信じきっていて、そうでなければ「許せない」という非常に困った存在です。

正直、現実にいたらかなり苦手な女の子ですね。
かといって、“委員長”タイプでもないんですが。(むしろ委員長タイプは別にいます)

例えば、事故で犬が死んでしまうのは許せない。
または、女の子を泣かせた男の子に謝らせるために、鍵がかかっている家まで行って窓ガラスを割って中に侵入する。
彼女が言うには「でもあの子は、泣いていたんだよ。窓ガラスとか、叱られるとかが、それよりも重要なことかな」とのことなんですが、いや、そういうことじゃないから……と言いたくなりますよね。

七草に言わせると、彼女は「馬鹿で不器用で非現実的だけどそれでも頭の良い女の子」だそうですが、それって一番やばいやつじゃないですか!

●ひとつだけ許せないこと

そんな彼女ですから、「ここは捨てられた人々の島です」と言われても納得できません。
なんとかして、七草とともにこの島から出ようとします。
そして、その「捨てられた人々の島」に新たに小学2年生のこども・大地が出現するに至り、彼女の怒りが爆発するのです。
「絶対許さない」「小さい子供を捨てるとか。ありえない」

で、彼女は決心します。
とりあえず、この島を管理している魔女を倒して、この島を出て、大地を家まで送る、と。
でも七草にはそれが正しいこととは思えません。もしかしたら彼の両親が彼を捨てたのかもしれない。それなら家にふたたび送るのは正しいことなのか、と思うわけです。

そう、真辺由宇と違って、七草が許せないことはただひとつ。
「真辺由宇がこの階段島にやってきたこと」
これだけなのです。

●すべてを知っているかのような主人公

真辺由宇が階段島に現れた次の日。連続落書き事件が起こります。

そこで、真辺と七草、クラスメートの佐々岡と堀、そして委員長の5人は、
大地を元の家に帰す方法を探ると同時に、落書き事件の真相をも追いかけることになるんですね。

ただそれでも、雰囲気は“青春ミステリ”らしくはなりません。
七草がやる気があまりないこともさることながら、真辺以外の他のクラスメートもどこか真剣に追求しようという感じじゃないんですよ。
肝心なところが抜け落ちているような、「役柄」を演じているような違和感があるんですね。

それと、七草にやる気が見えないのは、どことなくすべての真相を知っているかのようでもあるからなんです。
彼はこの島についての仮説を持っています。彼はそれを誰にも話す気はないと言っていますが、自分の仮説に対しては確信も持っているようです。
そして、落書き事件や大地のことについてもなにか思い当たるような節を見せるわけです。

つまり、真辺だけが探偵役として張り切っていますが、相棒の七草はすべてをわかった上で達観しているかのように見えるので、“ミステリ”ぽくないんですね。

●キーワードはピストルスター

人間らしい感情もいまひとつ見えてこない七草ですが、
そんな彼がめずらしく熱く(?)語るものがあります。
それが「ピストルスター」。
彼は堀という女の子に語りかけます。

銀河系でもっとも大きな星。でも地球から遠く離れているから、僕たちが目にする輝きはささやかだ。(中略)
僕はピストルスターの輝きを愛している。たとえ、その光が僕の暗闇を照らさなかったとしても。
(本文257ページより引用)

はっきり言って、この作品の肝は七草のピストルスターへの思いだけと言ってもいいですね。
彼がなぜ「ピストルスター」に惹かれたのか。この話はそこだけ理解できればいいのかもしれません。

「そういうことなんだろうね」

七草が堀に言ったこの台詞。
私はラストシーンよりも、本文259ページのこのシーンにぐっときましたよ。

●「悲観主義者」が予想したハッピーエンドとは

けっきょくのところ、どうなんだと言われると意外と感想が難しい作品です。
とりあえず、文体や設定が苦手でなければ読んでみてとしか言えません。

最後にはもちろん、真辺と七草が島を出られるかどうか、といった展開になるわけですが、
ラストシーンというか、結末もなかなかどうとらえていいかけっこう悩んでしまう感じでしたね。

いえ、ある意味、感動するというか、後味さわやかなラストなんですよ。
ただ、「階段島」という舞台設定を考えると、え、つまりこれってどうなの?となってしまうわけです。
ネタバレしたくないので詳細は書きませんが、
これがハッピーエンドなのかどうかというのはなかなか難しいですね。
ただ不思議な余韻が残るラストであったことは確かです。

「それは幸福からは遠い場所にあるかもしれないけれど、同時に不幸からも遠いところにある。不幸じゃなければ、幸福だと言い張ることもできる。」
これは七草の言葉ですが、本当にこんな感じです。

確かに不幸ではない。不幸じゃないんだからハッピーエンドだとも言える。
でも、ハッピーエンドってこんなことだっけ?

「悲観主義者」が予想したハッピーエンド。それはなんだったのでしょうか?

●シリーズ化?

ところで、帯に『シリーズ第二作、2015年春刊行。』とあるんですが……

正直、結末自体は奇麗に完結していると思っているので、ちょっと意外でした。

シリーズというからには「階段島シリーズ」として、毎回別の主人公たちが繰り広げる群像劇的なものになるのかもしれません。
それとも七草たちのその後を描くのでしょうか?

いずれにしても、「魔女」の正体など島の謎はまだまだいっぱいありますし、
続けようと思えばいくらでも続けられる設定ではありますね。
たとえ、違う主人公になるとしても狭い舞台ですし、今回出てきたキャラクターたちも普通に再登場しそうですね。学校もひとつですし。

●この物語はどうしようもなく、彼女に出会った時から始まる。

できるだけ、純粋な気持ちで書きました。

これは河野裕氏の販促用のコメントですが、
言い得て妙、といった感じです。
『できるだけ』というのがミソですね。

もはや純粋ではない人間が、できるだけ純粋さに近づこうとしていた作品なのでしょう。
「サクラダリセット」シリーズが好きだった人は間違いなく満足できると思います。
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tag : 新潮文庫nex河野裕

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ぬるく切なくだらしなく。 オタクにも一般人にもなれなかった、昭和40年代生まれの「なりそこない」がライトノベルや漫画を主観丸出しで書きなぐるところです。 滅びゆくじじいの滅びゆく日々。 ブログポリシーはこちら

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