祝!高橋留美子が第46回アングレーム国際漫画祭「グランプリ」を受賞
高橋留美子が「漫画のカンヌ」グランプリ 「慣例を超えた最初の人物」
https://kai-you.net/article/61378
曲がりなりにも高橋留美子主義者を名乗っている私ですから、このニュースを取り上げないわけにはまいりません。
そう、この度、フランスで行われている第46回アングレーム国際漫画祭にて、高橋留美子が「グランプリ」を受賞したのです!
アングレーム国際漫画祭とは、「漫画のカンヌ」とも言われる、1974年からフランス南西部アングレーム市で開催されている欧州最古の漫画イベントのこと。
基本的には「バンド・デシネ」と呼ばれるフランス中心の漫画を対象とした賞ですが、最近では日本漫画のノミネートも増えているそうです。ただ、それでも「グランプリ」となると、日本人としては2015年の大友克洋氏しか受賞していません。
今回の高橋留美子の受賞は史上二人目。しかも女性としても二人目だそうで、かなりの快挙といってもいいでしょう。
これはもう、素直にうれしいですね。40年近くファンをやっている身としても実に感慨深いものがあります。
こう言ってはなんですが、かつてはアニメ「うる星やつら」なんて、有害作品の代表みたいに言われていましたからね。当時、新聞に批判投稿が載るたびに行き場のない憤りを抱いていたことを今でも鮮明に思い出しますよ。いつの間にか手のひら返したかのように絶賛しているメディアは今でも信用ならないですね。(クイーンの時にも似たようなこと書いたな…)
まあとにかく、こんな名誉ある賞をいただいたのはすごくうれしいですし、世界の人たちにその業績が認められたのは誇らしくもあるわけですが、その受賞理由には若干の引っ掛かりも感じてしまいます。
すでにネット上でもツッコミの声があがっているようですが、やっぱりこれには首を傾げてしまう部分がありますね。
進歩主義?はあ?てなもんですよ。
悪しき啓蒙主義というか、純粋なエンターテインメントをひとつ下に見ている姿勢が透けて見えるようで、どうもすっきりしません。
そもそも、変人に光を照らした作品なら他にもっとふさわしいものがありますからね。
例えば、「ハイスクール!奇面組」のほうが、よっぽどその趣旨に沿っていますよ。最終回を読めばわかりますが、ギャグのその根底には常に「人に合わせて器用に生きられない人」へのあたたかな視点があった作品です。
ていうか、それこそ、「私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!」だろうが!そういう理由ならわたモテの方がふさわしいですよ、マジで。
…すみません。別にケチをつけるわけじゃないんですけどね。フランスで広く知られている作品じゃなければ受賞するわけがありませんし。
ただ、「主義」という部分はどうしても看過できません。るーみっくわーるどは一度として、主義主張の手段として描かれたことはなく、いつだってエンターテインメントとしての「面白さ」だけを追求してきた世界ですから。それを、「主義」という言葉で括ることは作品に対する冒とくですらあると私は思います。
そもそも、高橋留美子って、こういっちゃあなんですけど、けっこう「保守的」ですよ。
「めぞん一刻」もそうですが、ある種古風な恋愛観に基づいていると思うんですよね。
どの作品にも個性的なキャラクターたちに対する深い愛情が感じられるからそういう見方が出てくるんでしょうけど、そこに変な社会派的なメッセージを見いだすことは、むしろ作品の魅力を矮小化する悪手のように感じられてなりません。
あと、「コメディーと見せかけて」という言い回しがすごく嫌です。まあ、これは翻訳の問題で、原文はそういうニュアンスではないのかもしれませんけど、なんだか「コメディー」の価値を否定されたかのような気分になるんですよ。
なんでもっと普通に「エンターテインメントとしての面白さ」を素直に評価できないのかなあと逆に悲しくなってきてしまいますね。
……あんまり文句ばかりいうのも、せっかくのおめでたい雰囲気に水を差してしまうので、この辺にして。
アングレーム国際漫画祭の主催者は、高橋さんの作風について、少女漫画のロマンチックな物語のフォーマットを使わず、少年漫画のジャンルを取り入れた「漫画の慣例を超えた最初の人物」であるとしている。
このコメントはよかったなと思います。高橋留美子という存在がなぜすごいのかということをわかっているなと感じました。
さきほど、「保守的」だと言いましたが、それはあくまで「作品」のことであって、実は彼女の漫画に対する姿勢は、すごくラディカルなんです。
今でこそ、少年漫画で女性作家がいるのはそれほどめずらしくなくなりましたが、高橋留美子が登場した1970年代後半ではまず考えられない時代でした。
当時は少女漫画家ですら男が描いているケースも多く、女性的なペンネームで活躍している人もいたくらいでした。
そんな中、「高橋留美子」というあきらかに女性名の学生が少年漫画誌でデビューしたわけです。
しかもその作品が、少女漫画テイストを感じさせないどころか劇画の影響さえも色濃くあるようなSFドタバタギャグだというのですから、その衝撃たるやないでしょう。
実際デビューしたての頃は、本当は男が描いているんじゃないかというかんぐりさえもあったそうですからね。あからさまな女性に対する偏見としか言いようがありませんが、そんな時代でもあったんです。
まさにパイオニアというか、彼女の存在があったからこそ、ひとつの壁が崩れたといっても過言ではないでしょう。つまりそういう意味では、極めて革命的な存在でもあったわけです。
高橋留美子の「革新性」を象徴する話は事欠きません。
デビュー当時「これから売れてくると、描きたいものと作品が離れていくと思うのでお気を付けください」とファンレターに、「私は売れたいと思ってこの世界に入ったので、絶対に潰れませんからご安心ください」という返事をした話。
(うる星やつらとめぞん一刻を同時連載していたことについて)「『うる星』で疲れたら『めぞん』を描けばいいし、『めぞん』に疲れたら『うる星』を描けばよかったのでそれが息抜きになっていました」と答えた話。
他にも、「この世に漫画を描く以上に面白いことなんてあるのかしら」とか、(もし漫画のない世界に生まれたらという問いに対して)「なんとかして漫画的なものを作ろうとする」とか、彼女自身の漫画に対する姿勢は尋常じゃないものを感じさせます。
何より、あれだけラブコメの名作を描きながらも本人はいまだに独身なんです。それこそ、漫画のためにすべてを捧げた人なんですよ。
漫画と出会ってからずっと、漫画だけに恋をしていて、漫画と結婚したただ一人の女性なのです。こんな過激な人生を送っている人は他にいませんよ。
それを彼女は、活動家のように声高らかに主張するのではなく、ただマンガを描きつづけるということだけで体現化しているわけです。
どんなに大ヒットを飛ばしても決して続編は描かないというのも徹底していますよね。普通の作家だったら、絶対に「うる星やつら2」とか「めぞん一刻~春香編~」を描いてますよ。まあ、それをしなくても次のヒット作を出せるからという理由も大きいでしょうけどw
少年漫画というプラットフォームにこだわっているのも高橋留美子の特徴です。
正直、私ももう青年誌中心に執筆の場を移してもいいんじゃないかとは思うのですが、とにかく、お声がかからなくなるまでは絶対に少年漫画という場にこだわりたいという人なんですね。実際、今春からまた少年サンデーで新連載を始めるようですし。
それもこれも、結果としてそれまでの「漫画の慣例」をぶち破る原動力となったわけです。
「主義」なんてものがなくっても、ただ「面白いマンガが好きだ」というだけで世界を変えられることを証明したという点で、まさに「グランプリ」の名にふさわしい人だと言えましょう。
高橋留美子先生、この度は本当におめでとうございます!
『うる星やつら』と『めぞん一刻』の双璧は永遠に語り継がれるべき作品です!
個人的にるーみっく最高傑作だと疑わない作品がこの『人魚シリーズ』。
『らんま1/2』は、おそらく留美子作品でもっとも売れた作品でしょう。
高橋留美子史上最長作品の『犬夜叉』。kinde版でまとめて読むのもありかも。
『境界のRINNE』 意外と面白いんですよ、といったらさすがに失礼かな?w
でも、個人的には『らんま』よりもこのローテンションギャグのほうが今は好き。
『高橋留美子劇場』。高橋留美子のエッセンスが詰まっている短編集。これを読まずして、るーみっくわーるどを語るなかれ。
https://kai-you.net/article/61378
曲がりなりにも高橋留美子主義者を名乗っている私ですから、このニュースを取り上げないわけにはまいりません。
そう、この度、フランスで行われている第46回アングレーム国際漫画祭にて、高橋留美子が「グランプリ」を受賞したのです!
アングレーム国際漫画祭とは、「漫画のカンヌ」とも言われる、1974年からフランス南西部アングレーム市で開催されている欧州最古の漫画イベントのこと。
基本的には「バンド・デシネ」と呼ばれるフランス中心の漫画を対象とした賞ですが、最近では日本漫画のノミネートも増えているそうです。ただ、それでも「グランプリ」となると、日本人としては2015年の大友克洋氏しか受賞していません。
今回の高橋留美子の受賞は史上二人目。しかも女性としても二人目だそうで、かなりの快挙といってもいいでしょう。
これはもう、素直にうれしいですね。40年近くファンをやっている身としても実に感慨深いものがあります。
こう言ってはなんですが、かつてはアニメ「うる星やつら」なんて、有害作品の代表みたいに言われていましたからね。当時、新聞に批判投稿が載るたびに行き場のない憤りを抱いていたことを今でも鮮明に思い出しますよ。いつの間にか手のひら返したかのように絶賛しているメディアは今でも信用ならないですね。(クイーンの時にも似たようなこと書いたな…)
まあとにかく、こんな名誉ある賞をいただいたのはすごくうれしいですし、世界の人たちにその業績が認められたのは誇らしくもあるわけですが、その受賞理由には若干の引っ掛かりも感じてしまいます。
(産経ニュースより引用)「出るくいは打たれる(日本)社会で、アウトサイダーや変人を前面に押し出し、彼らにもチャンスがあることを示そうとこだわった」と指摘。多くの作品はコメディーと見せかけて、極めて進歩主義的だと評価した。
すでにネット上でもツッコミの声があがっているようですが、やっぱりこれには首を傾げてしまう部分がありますね。
進歩主義?はあ?てなもんですよ。
悪しき啓蒙主義というか、純粋なエンターテインメントをひとつ下に見ている姿勢が透けて見えるようで、どうもすっきりしません。
そもそも、変人に光を照らした作品なら他にもっとふさわしいものがありますからね。
例えば、「ハイスクール!奇面組」のほうが、よっぽどその趣旨に沿っていますよ。最終回を読めばわかりますが、ギャグのその根底には常に「人に合わせて器用に生きられない人」へのあたたかな視点があった作品です。
ていうか、それこそ、「私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!」だろうが!そういう理由ならわたモテの方がふさわしいですよ、マジで。
…すみません。別にケチをつけるわけじゃないんですけどね。フランスで広く知られている作品じゃなければ受賞するわけがありませんし。
ただ、「主義」という部分はどうしても看過できません。るーみっくわーるどは一度として、主義主張の手段として描かれたことはなく、いつだってエンターテインメントとしての「面白さ」だけを追求してきた世界ですから。それを、「主義」という言葉で括ることは作品に対する冒とくですらあると私は思います。
そもそも、高橋留美子って、こういっちゃあなんですけど、けっこう「保守的」ですよ。
「めぞん一刻」もそうですが、ある種古風な恋愛観に基づいていると思うんですよね。
どの作品にも個性的なキャラクターたちに対する深い愛情が感じられるからそういう見方が出てくるんでしょうけど、そこに変な社会派的なメッセージを見いだすことは、むしろ作品の魅力を矮小化する悪手のように感じられてなりません。
あと、「コメディーと見せかけて」という言い回しがすごく嫌です。まあ、これは翻訳の問題で、原文はそういうニュアンスではないのかもしれませんけど、なんだか「コメディー」の価値を否定されたかのような気分になるんですよ。
なんでもっと普通に「エンターテインメントとしての面白さ」を素直に評価できないのかなあと逆に悲しくなってきてしまいますね。
……あんまり文句ばかりいうのも、せっかくのおめでたい雰囲気に水を差してしまうので、この辺にして。
アングレーム国際漫画祭の主催者は、高橋さんの作風について、少女漫画のロマンチックな物語のフォーマットを使わず、少年漫画のジャンルを取り入れた「漫画の慣例を超えた最初の人物」であるとしている。
このコメントはよかったなと思います。高橋留美子という存在がなぜすごいのかということをわかっているなと感じました。
さきほど、「保守的」だと言いましたが、それはあくまで「作品」のことであって、実は彼女の漫画に対する姿勢は、すごくラディカルなんです。
今でこそ、少年漫画で女性作家がいるのはそれほどめずらしくなくなりましたが、高橋留美子が登場した1970年代後半ではまず考えられない時代でした。
当時は少女漫画家ですら男が描いているケースも多く、女性的なペンネームで活躍している人もいたくらいでした。
そんな中、「高橋留美子」というあきらかに女性名の学生が少年漫画誌でデビューしたわけです。
しかもその作品が、少女漫画テイストを感じさせないどころか劇画の影響さえも色濃くあるようなSFドタバタギャグだというのですから、その衝撃たるやないでしょう。
実際デビューしたての頃は、本当は男が描いているんじゃないかというかんぐりさえもあったそうですからね。あからさまな女性に対する偏見としか言いようがありませんが、そんな時代でもあったんです。
まさにパイオニアというか、彼女の存在があったからこそ、ひとつの壁が崩れたといっても過言ではないでしょう。つまりそういう意味では、極めて革命的な存在でもあったわけです。
高橋留美子の「革新性」を象徴する話は事欠きません。
デビュー当時「これから売れてくると、描きたいものと作品が離れていくと思うのでお気を付けください」とファンレターに、「私は売れたいと思ってこの世界に入ったので、絶対に潰れませんからご安心ください」という返事をした話。
(うる星やつらとめぞん一刻を同時連載していたことについて)「『うる星』で疲れたら『めぞん』を描けばいいし、『めぞん』に疲れたら『うる星』を描けばよかったのでそれが息抜きになっていました」と答えた話。
他にも、「この世に漫画を描く以上に面白いことなんてあるのかしら」とか、(もし漫画のない世界に生まれたらという問いに対して)「なんとかして漫画的なものを作ろうとする」とか、彼女自身の漫画に対する姿勢は尋常じゃないものを感じさせます。
何より、あれだけラブコメの名作を描きながらも本人はいまだに独身なんです。それこそ、漫画のためにすべてを捧げた人なんですよ。
漫画と出会ってからずっと、漫画だけに恋をしていて、漫画と結婚したただ一人の女性なのです。こんな過激な人生を送っている人は他にいませんよ。
それを彼女は、活動家のように声高らかに主張するのではなく、ただマンガを描きつづけるということだけで体現化しているわけです。
どんなに大ヒットを飛ばしても決して続編は描かないというのも徹底していますよね。普通の作家だったら、絶対に「うる星やつら2」とか「めぞん一刻~春香編~」を描いてますよ。まあ、それをしなくても次のヒット作を出せるからという理由も大きいでしょうけどw
少年漫画というプラットフォームにこだわっているのも高橋留美子の特徴です。
正直、私ももう青年誌中心に執筆の場を移してもいいんじゃないかとは思うのですが、とにかく、お声がかからなくなるまでは絶対に少年漫画という場にこだわりたいという人なんですね。実際、今春からまた少年サンデーで新連載を始めるようですし。
それもこれも、結果としてそれまでの「漫画の慣例」をぶち破る原動力となったわけです。
「主義」なんてものがなくっても、ただ「面白いマンガが好きだ」というだけで世界を変えられることを証明したという点で、まさに「グランプリ」の名にふさわしい人だと言えましょう。
高橋留美子先生、この度は本当におめでとうございます!
『うる星やつら』と『めぞん一刻』の双璧は永遠に語り継がれるべき作品です!
個人的にるーみっく最高傑作だと疑わない作品がこの『人魚シリーズ』。
『らんま1/2』は、おそらく留美子作品でもっとも売れた作品でしょう。
高橋留美子史上最長作品の『犬夜叉』。kinde版でまとめて読むのもありかも。
『境界のRINNE』 意外と面白いんですよ、といったらさすがに失礼かな?w
でも、個人的には『らんま』よりもこのローテンションギャグのほうが今は好き。
『高橋留美子劇場』。高橋留美子のエッセンスが詰まっている短編集。これを読まずして、るーみっくわーるどを語るなかれ。
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