この恋と、その未来。 -二年目 春夏- 感想~それは確かに「未来」への想い~
※この恋と、その未来。 -一年目 春-の感想はこちら。
※この恋と、その未来。 -一年目 夏秋-の感想はこちら。
※この恋と、その未来。 -一年目 冬-の感想はこちら。
―ようやく、理解できた気がした。
恋をしているのは俺の、心なんだと―
(販促帯より引用)
前回の感想で私は、いくつかの“爆弾”を予想しました。
危険な爆弾があちこちに用意されている、次でどれかは爆発するだろうと。
結果として、確かに今回爆発しました。それも木っ端微塵に。
でも、まさかこんな展開になるとは、予想できませんでした。
しかも、私がいくつか予想した“爆弾”ではなく、思いもしない方向での爆発だったので、
読み終わっても、しばらく何も考えられなくなりました。
本当は、昨年の12月頃には読了自体はしていたんです。
でも、どうしても自分の中でうまく消化しきれなかったんですよ。
改めて何度か読み返してもみたんですが、かえって輪郭がぼやけていくというか、さらに混乱してくる始末だったんですね。
で、結果、ここまで時間がかかってしまいました。(ぶっちゃけ、まだ曖昧模糊としていますが)
というわけで、かなり間が空いてしまいましたが、
「この恋と、その未来。 ―二年目 春夏―」の感想を綴っていこうと思います。
かなり長くなりますが、もしよろしければ、お付き合いいただけるとうれしいです。
※いつものように、今回もネタバレ要注意です。
●何も変わらない
さて、物語は二年目に突入。
未来と一緒だった第一寮を出て、四郎は一人部屋である第二寮での生活を始めています。
未来とはクラスも替わったこともあり、一年のころと比べると、会話を交わす機会は確実に減ったようです。
一方、三好との交際は順調そうで、「未来への恋心を三好色に塗り替える」という四郎の目論見は、表面上はうまくいっているかのように思えます。
でも実際は、まったく変わっていないんですね。
「何も変わらない」
と、呟いた。
住む部屋を変えて未来と離れても、季節が移ろっても、窓辺に百合の花が咲いても、俺の心はまだ、未来に囚われている。(本文19ページより引用)
むしろ、中途半端な離れ方のせいで、かえって想いが強くなっているのかもしれません。
例えば広島と東京とか、物理的に距離が離れているなら諦めもつくかもしれませんが、所詮は同じ学校、いつだって顔を合わせることはできるわけですからね。
そして一人部屋に戻ると、そこに未来の姿がいないことをより意識してしまう。
これでは、状況はむしろ悪化しているといってもよさそうです。
●胸よりも肩
三好との度重なるデートも、どうやら逆効果のようです。
要するに、別の女性と触れ合うことで、逆に未来への想いがより鮮明になってしまうんですね。
三好と未来との対比でわかりやすい例があります。どちらも雨のシーンです。
以下は、三好との雨の中でのデートシーン。
「くっ付かンと、濡れてしまうけェ」
俺は、急に体が強張るのを感じた。三好の、柔らかな胸の感触が、二の腕から伝わってくる。(本文35ページより引用)
次は放課後雨の中、未来と偶然一緒になったときの場面。
未来の傘はかなり大きな、男二人で入ってもそれなりに余裕があるサイズだったが、それでも雨に当たらぬよう並んでいると、時折、お互いの肩が触れる瞬間があった。(本文78ページより引用)
三好は「胸」です。しかも、明らかに彼女のほうから意図的に押し付けられています。
一方は「肩」です。こちらはなんの意図もなく、本当にたまたま触れただけ。
普通なら、健全な男がどちらに欲情するか、火を見るより明らかですよね?
ところが、四郎は未来との接触にの後、こんなふうに感じるのです。
ほんの僅かな、その服越しの接触が、俺の中の情欲を酷く掻き立ててくる。同じように、三好とひとつの傘に入った時、腕の組んで、三好の胸が押し当てられていたあのときにさえ、こんなに掻き立てられたりはしなかった。(本文78ページより引用)
どうでしょう。すごくないですか、この差。
肩が偶然触れ合っただけで、胸を押し当てられたときよりも情欲を掻き立てられるんですよ?
胸よりも肩。
四郎の気持ちがどちらに向いているのか、これほどわかりやすい例はないですよね。
●「女」を知った「男」が怖い
もちろんこれは、三好の性的魅力が乏しい、ということではありません。
胸を押し当てられたときには、四郎の鼓動は速まり、完全に硬直状態になったくらいですから、
そうとう三好に対して、性的な意識も向いていたことでしょう。
でも、彼はその状況を喜べません。逆に、怖がってさえいるようです。
待っている赤い信号に「早く、変われ。」とまで願ってしまう彼は、いったい何をそんなに恐れているのでしょうか。
三好の持つ「女」性が、怖かったのだ。それが俺の「男」性を、あまりに、あまりに刺激するから。(本文39ページより引用)
要するに、彼は自分の中の「男」の部分を恐れているんですね。
自分の中のタガが外れて、三好に何かをしてしまうのが、怖い。
しかし、これは、彼女を大事に思う気持ちからきているものではないんです。
俺が「女」を知ることで、俺が未来に抱く恋慕が、一層強くなってしまう可能性があるとしたら?
(中略)
未来以外の「女」を知ってしまった時、たぶん、俺はこの先一生、未来を「女」としてしか見られなくなってしまうように、思うのだ。(本文40ページより引用)
もうね。なんでしょう、これ。
正直、序盤のこの時点で泣きそうになりましたよ。
そう、いつだって、彼は未来のことしか考えていないんです。
たとえ、彼女が胸で誘惑してきたとしても、彼女に欲情したとしても、
そのことが、未来にとってどういう結果を及ぼすか、ということでしか考えられないんです。
恋は心でするのか、体でするのか。
はっきり言って、この段階でもう答えは出ていたんだと思いますね。
●ボンちゃんはわかりやすい舞台進行役
さて、一年目と二年目では、部屋が変わった以外にもう一つ、大きな違いがあります。
そう、ボンちゃんこと、新入生の「梵七施」です。
正直、彼女のことは、それこそ「先輩好き好き的なうざい後輩キャラ」として、四郎と三好との間を掻き回す役目かな、くらいにしか考えていませんでした。
主人公たちが進級する展開を機に、まあ後輩キャラも入れとかないとなあ、くらいの軽い感じの新キャラだと思っていました。
結果として、確かに彼女は“爆弾”というほどではありませんでしたが、意外なほどに重要なキャラでもありました。
それは「舞台進行装置」としての役割。
要するに、次の展開を進める上で、彼女はすごくわかりやすいナビゲータ役を果たしていたんです。
四郎を慕う彼女は、寮内で四郎の話ばかりをします。三好の前でも彼女はいるのかと聞く始末です。
そういう状況を見ていた、三好の親友である和田は、四郎に対して三好との交際をオープンにしろと進言します。
そこで初めて、四郎も「これで状況も変わるかもしれない」と思うんですね。
周囲も認めるところになれば、自分の心も変わっていくだろうと。
まあ彼自身が自発的に関係を明らかにするとは、ちょっと思えないですからね。
四郎も、「こんなことすら、人任せにしかできないのか」と自嘲していましたが、
要するに彼女は、ここで絶妙なアシストをやってみせたわけです。
今巻のメインイベントである「期末試験終了後の打ち上げとしての花火大会」の件もそうです。
彼女がいたからこそ、四郎と三好の仲を知った高山や野球部の連中が、
自分たちもボンちゃんとお近づきになれるよう御膳たてしろと四郎に要求してきたわけですよ。
そして、その流れのおかげで、「花火大会」が今回唯一の楽しいイベントとなったんです。
さらには、そこでの女性陣浴衣祭りの浴衣もボンちゃんがすべて用意するんですから、もう実にわかりやすいですねw
ある意味今回、彼女がすべての舞台設定をしたといってもいいかもしれません。
さらには、終業式後のあの場面でも……。
いや、これはここで指摘するのはやめておきましょう。
とにかく彼女は、要所要所で物語の進行役を担っていたわけです。
●あまりに残酷な「フラグ」
さて今回、214ページ(11章)から怒涛のクライマックスが始まるわけですが、
それまでの展開は、比較的平和です。
というか、環境が変わっても「何も変わらない」状況に四郎が苦しみながらも、
周りは徐々に外堀が埋められていく感じなんですね。
ボンちゃんのアシストで、三好とも公認の仲になりますが、
対する未来も、山城要と泊りの旅行にいって、そこで彼女に「秘密」を打ち明けることを決意します。
つまり、四郎の気持ちとは別に、未来のことを諦めざるを得ないような状況がだんだんと出来上がってくるわけですよ。
未来は「要さんを騙しているようで辛い」「受け入れてくれなかったらどうしよう」と、弱音を吐きつつも、
それを「親友」に聞いてもらえたことで、少しは気を楽にしつつ、山城要との旅行に出かけていきます。
そして四郎は、山城要に秘密を知ってもらいたくないとは思いつつも、一方では「これでいいんだ」と呟きます。
自分にとって、起きて欲しくない事態が起こることで、ようやく、長らく踏み出せなかった一歩を踏み出せるんだと言い聞かせながら。
試験が終わった開放感もあるのでしょうか、
みんなとの花火大会では、それまでの鬱々とした気持ちを吹き飛ばすかのように、四郎も明るくはしゃぎまくります。
そして、そこで初めて、四郎が「自ら」三好にキスをするわけです。
この時点で、なんかもう、このまま大団円でもまあいいか?みたいな雰囲気になるんですよ。
ハッピーエンドとは言えないものの、気持ちを偽りながらもそれが本物になるのを信じて……みたいな、ね。
ところが、その後の四郎のモノローグで、なんとも絶望的な気分にさせられるんです。
ようやく、だ。
歩きながら、俺はずっと、そのことを考えていた。
ようやく、俺は未来のことを忘れることができるのかもしれない。今日、未来がいないことで、未来が山城要と旅行に出かけたことで、俺もようやく、はっきりと、諦めがついたのだと思う。
(中略)
それで、いい。
これでいいのだ。未来のためにも。何より、俺自身のためにも。(本文212ページより引用)
……もうね。この文章を読んで、誰が「よかったなあ」と思えます?
あまりに不吉というか、
こんなのどう考えても「俺この戦争が終わったら結婚するんだ…」的なアレしか考えられないじゃないですか!
それまでの花火大会の描写がすごく楽しいだけに、あまりに、あまりにも残酷です。
試験期間中での高山たちとのやりとりなんかは、いい意味ですごくラノベっぽくって楽しかったんですけどね。
「三次元なんてゴミ!世界に立体感なんて必要ないの!平面でええのッ!」とか「チンコの見返りがボンちゃんなんて……」とか、爆笑もんだったんだけどなあ。ホントどうしてこうなった…
正直、ここからの展開は、読み進めていくのが本当に辛かったです。
もうページをめくることすら怖かったですね。
いや、次の一行を追うことすら、だったかもしれません。
※ここからの「ネタバレ」は、できれば本編を読み終えてからの観覧をお勧めいたします。
●爆弾はあの人だった
まず、誰が“爆弾”だったのか、結論からいいましょう。
爆発した“爆弾”は、四郎の姉である壱香でも二胡でもありませんでした。
もちろん、梵七施でも三好でもありません。
爆発したのは、「松永四郎」その人でした。
よく考えてみれば、当然の結末です。
心の中にいつ爆発してもおかしくない“爆弾”を抱えていたのは、他ならぬ彼だったはずなのですから。
なんで、こんな簡単なことに今まで気づかなかったのでしょうか。
まったく、己の浅はかさがつくづく嫌になりますね。
●Don’t think. Feel
まずは、楽しかった花火大会が終わった後、いったい何が起こったのか、改めて見ていきましょう。
期末試験も終わって、あとは試験答案が返ってくるだけ。
そんな気分はすでに夏休みとなっている中、四郎は未来が学校を休んでいることを知ります。
しかも、保健の先生から「軽い鬱状態」のようだとも聞かされるのです。
それを聞いて四郎は、山城要と何かあったんだと確信します。
そして、真っ先に未来の部屋に駆けつけ、こんな言葉を口にするんですね。
「親友なんだからさ」
その言葉を聞いて、未来は四郎に話し始めます。
「秘密」を打ち明けた山城要にフラれたこと。
そればかりか、「気持ち悪い」とはっきり拒絶されたこと。
さすがにそれで、気が滅入っていること。
人に話してちょっとマシになったと、強がってみせる未来。
そんな寂しげな未来の顔を見て、四郎は心よりまず体が動き始めます。
なんと彼は、三好との誕生日デートを速攻で反故にし、いきなり山城要の学校へと乗り込んでいくんです。
この間、彼が悩んだ形跡はいっさいありません。
当然のこととばかりに、体だけが動いているんです。
とにかく、ここでの四郎の行動には、ひたすら圧倒されましたね。
四郎の親父が言っていた
「Don’t think. Feel」(本文59ページより引用)
はまさにこういうことを指していたのです。
●山城要の真意は
いくら親友がひどいフラれ方をしたからといって、
いきなり学校休んでまで乗り込まれても、ちょっと意味がわからないですよね。
そりゃ山城要じゃなくたって、これは普通じゃないって思いますよ。
まして、未来の体のことをずっと前から知っているというのですから、彼女が“気づいてしまった”のは当然のなりゆきだったと思います。
「君は未来君のことが好きなの?」(本文233ページより引用)
そんな彼女は四郎にこんな言葉をぶつけます。
「体のことぐらいでって、四郎君は言ったけど、もしそうだとしたら君だって、完全には未来君のこと、男性としては見られていないってことじゃない」(本文233ページより引用)
ひどい言葉だとは思いますが、的を射た言葉でもありますね。
四郎の「好き」という気持ちが、そのまま未来を裏切っていることになっているわけですから。
でも、彼にだってそんなことはわかっています。
わかっているからこそ、「親友なんだから」としか言えなかった彼にとって、これほど残酷な言葉が他にあるでしょうか。
さて、敵意さえ篭った視線で「私には無理、それだけ」と、話を打ち切ろうとする要に対して、
人を傷付けてなんでそんなに平然としてられるのかと、問い詰める四郎。
それに対して彼女が言い放ったセリフがなかなか意味深です。
「私が傷付かなかったって、どうして思えるの?」(本文236ページより引用)
けっこうぐっとくる名台詞ですよね。
ただ、だからといって、「気持ち悪い」とまでいうことはないだろ、とも思いますがw
さらには最後に、こんな言葉も言い残していきます。
「君は未来君が好きだから、分からないんだと思う。私だって本当は未来君と一緒にいたかった。だけど、無理だったの、どうしても」(本文236ページより引用)
「好きだから、分からないんだ」というフレーズが気になりますね。
いったい彼女の真意はどこにあるのでしょう。
ここでの彼女は、なんだか妙に悪女っぽい描写が目立って、かえって「青鬼メソッド」なのかと、ちょっと邪推してしまいます。(あの東雲侑子のいとこですしね)
●さらなる追い打ち
けっきょく、四郎がやったことは何も生み出せませんでした。
未来と山城要との仲を復活させるどころか、最も知られたくない人間に自分の「気持ち」を知られてしまっただけでした。
そして、そんな四郎に追い打ちをかけるようなことが次々と襲いかかります。
後悔しながら部屋に戻った四郎の元に、未来がすごい剣幕でやってくるのです。
「なに勝手なことしてんだ、お前……」(本文238ページより引用)
そう、山城要が未来に告げ口をしたのです。
「要さん、泣いてたぞ……」(本文238ページより引用)
怒りの理由はそれかよ、と冷める四郎。
自分の行動が、かえって余計に未来を傷付けたということがわかってしまいながらも、
いまだ要の心配をする未来に対してなかなか素直に謝れません。
勝手なことをしたのは悪かったけど、あの人も言っちゃいけないことを言ったじゃないか。それが許せなかったんだ、と。
どこか開き直りつつ、そんな言い訳をする四郎に対して、未来が決定的な言葉を口にします。
「……本当に、それが、理由か?」(本文240ページより引用)
その声に怒りはなく、まるで、怯えているようでした。
そう、山城要が未来に告げ口したんです。
松永四郎は、織田未来を、「女」として見ているんじゃないか、と。
……しかし、まさか、こんな形で「バレる」なんてねえ……
しかも、三好とか姉たちとか身近の人にではなく、まず未来本人にばれてしまうとは!
本当になんと残酷な展開なんでしょうか。
それにしても正直、この時点では山城要の真意がまったく読めませんね。
単純に悪意なのか、それとも彼女なりの何かがあるのか……。
●それはある種の「自殺」
ごまかすことはできました。鼻で笑ってみせることもできました。
でも、四郎はもう駄目だとこの段階で思ってしまいます。
「疑い」が生まれてしまった時点で、自分の気持ちを隠し続けることはできないと思ってしまうわけです。
「……そうだね」
俺は俯き、そう告げた。
「俺は未来のことが、好きなんだと思う」(本文241ページより引用)
……そして、このあとの未来の言動は、あまりに痛々しいものでした。
薄々そんな気がしなくもなかった。
でもそうじゃないと信じたかった。
今はそうでも、変わるかもって、思ってた。
お前が、親友でいようとしてくれてるのも、感じてたから。
未来は四郎を責めることはしませんでした。
その代わりになんと、「自分の体」に矛先を向けてしまうんです。
「いいよ!俺が悪いんだ! 俺の体のせいだもんな、全部!」(本文243ページより引用)
シャツも下着も脱ぎ捨て、その白い肌を四郎の前で晒す未来。
自暴自棄になった彼は「なあ、ヤッみるか?俺も心変わりするかもよ」と四郎を押し倒します。
ここは、「-一年目 春-」の元彼の話を少し思い出しました。
「こいつとなら、付き合えるかも」と思いながらもキスを求められて殴ってしまった、かつての未来。
それを思えば、ヤッたら女としての心が芽生えるなんて、未来自身が微塵も思っていないのは自明のことです。
要するに、ここは完全にヤケになっているというか、ある意味「自殺」に近いんですよね。
未来にとって、「女」でありながら「男」である、というのは、己が己自身であることの証です。
つまりアイデンティティそのものです。
そんな自分の体を「死にたくなってくる。こんな体に生まれたせいで」と吐き捨てた未来は、己自身をも抹殺しようとしていたのかもしれません。
●俺の心が認めない
けれど、そんな言葉とは裏腹に、俺の体は抵抗の素振りすら見せてはいなかった。頭では、嫌だ、と思っている。俺が求めていたのは、こんなことじゃない。今の未来は普通の状態じゃない。そう、思っているのに、体が動かない。(本文244ページより引用)
未来のその「女性らしい部分」を見た瞬間、四郎は未来を抱きしめてしまいます。
今なら、いけるかもしれない。
そんな考えが頭を過る。
やっちまえ。(本文245ページより引用)
据え膳なんとか、という言葉もあります。男なら当然のことでしょう。
未来の背中を撫でてみても、未来が拒む様子はありません。
でも、それが、四郎を酷く哀しませるのです。
ようやく、理解できた気がした。
未来に恋しているのは、俺の心、なんだと。
(中略)
未来をこれ以上、傷付けたくなかった。
俺の勝手な行動で傷付けて、俺が抱き続けた感情のせいで傷付けて、この上、俺が未来を抱くことなど、許されるはずがない。世界中の全ての人間が許したとしても、俺の心が、そんなこと、認めない。(本文246ページより引用)
「心」と「体」が一致しないということ。
それは、「-一年目 春-」からずっと、流れていたテーマです。
未来の持って生まれた問題と同様、四郎もまた、ずっとこの問題を抱えていたのです。
「ずっと……我慢していたんだ」
「未来のことを意識し始めてから……ずっと……我慢、していたんだ……」
「だから別に、我慢くらい、できるよ……この先も、ずっと」(本文245ページおよび246ページより引用)
四郎のこのセリフが、きっと未来を正気に戻したんだと信じたいです。
お前が我慢できるというなら、俺だって我慢できるよ、と。
●それでもなお、彼の心には
自分が抱いている感情がばれてしまった以上、未来とはもう終わりだろうと大きな喪失感を抱く四郎に、
さらに、さらに辛いことが襲いかかります。
次の日、三好と和田が四郎を呼び出します。いわく、昨日どこにいたのか、と。三好との誕生日デートを無下にしてまで、いったい何をしていたのか、と。
そうです。山城要と喫茶店ですったもんだやっていたあの場面を、事もあろうに、あのボンちゃんが目撃していたのです。
彼女は和田だけにこっそり伝えます。話の内容は分からないけど、なんだか痴話喧嘩のようだったと。
……もう、まさかね。こういう伏線だったとは思いもしませんでした。ほんとボンちゃん優秀すぎますよ……。
「その人って、ひょっとして、松永君が前に言うとった人……?」
「……沙耶から聞いたよ。あんた、他に好きな女がいるって」(本文252ページおよび253ページより引用)
正直、いいかげんにしてくれと、読んでいて思いました。
いくらなんでも酷すぎるだろうと。
あの未来との後にこれかよ、と。
この段階で、「松永君が前に言うとった人」のことを問いただす、ってどんだけドS展開なのかと。
四郎は当然、そうじゃない、と否定しようとします。そりゃそうですよ。好きな人どころか、むしろ「恋敵」であり、「好きな人を傷付けた憎き相手」なんですから。
でも、彼はこう思ってしまうんです。
間違いとも言い切れなかった。俺は確かに好きな女のために、山城要に会いにいったのだ。三好との約束を振り切って。(本文253ページより引用)
そして、そう思われても仕方ないと、答えてしまうんですね。
そんな四郎に拳で答える和田香織。
それを制止しつつ、「何か言って」「否定して」と目で訴える三好。
そんな三好の気持ちがわかってしまってもなお、彼は言い訳さえ口にできません。
なぜなら、「それを機に、未来の秘密までもがバレていく可能性があるから」。
そう、こんなときにまで、彼の心には未来のことしかないのです。
●彼の心はまだ誰にも知られていない
「……そこまで馬鹿とは思ってなかったよ」
「うちじゃ、駄目じゃったんじゃね……」(本文254ページおよび255ページより引用)
そんな言葉を残しつつ、去っていく和田と三好。
未来を裏切り、傷付けて、また、三好までも裏切り、傷付けて。
ほんの一瞬で、すべてを失ってしまった四郎の心は壊れていきます。
俺の心が、壊れていく。(本文256ページより引用)
もうここまで、完膚なきまでにバッドエンドですね。
今までなんとか培ってきたものがすべて水の泡となったのですから。
しかも、彼は未だ未来への想いをずっと抱えたまま、これからもあと、1年半もの学園生活を送らなければならないのですから。
ただ、ある意味、和田に罰されたことは、彼にとって「救い」だったのかもしれない、とも思うんですね。
(ていうか、そうでも思わなきゃやってられません!)
いっそ殴られた方が楽だろうな、と、一瞬、思った。
(中略)「このクズ野郎!」と罵られて虐げられたら、俺もいっそ、すみません、すみません、と謝ることもできるのに。
今の俺は、クズの自分をひた隠しにしていて、それすらも、許されない。
それが何より、苦しい。(本文72ページから73ページまでより引用)
たぶん、俺は罰されたいのだろう。三好を裏切っていることや、未来を裏切っていることに対して。(本文74ページより引用)
それにもかかわらず、彼が救われていないのは、まだ誰も彼の「心」をわかってくれてないからなんですよ。
和田も三好も四郎の本当の気持ちをまだ知りません。
実は未来のことが好きで、それで悩んでいるんだということを、せめてわかった上で罵られるのならば、少なくとも彼の心は壊れなかったはずなんです。
個人的には、三好はともかく和田香織には本当のことを知ってもらいたいと思っています。
彼女だけはせめて、四郎のことをわかってほしいと考えてしまう自分がいます。
不思議なものだ。
俺と和田は男と女で、けれど、同じ人間のことを好きで、そして、その好きな相手が自分には振り向いてくれないだろうということを知っている。だから懸命に、好きな相手のことを忘れようとしている。(本文136ページより引用)
なぜなら、四郎と和田は、ある種の「同志」でもあったのですから。
●さらなる、そして、さらなる追い打ち
普通なら、この辺で、「以下、次巻」となるでしょう。
だって、すでに、要、未来、三好と、見事な三段落としが決まっているんですからw
これだけの鬱展開を見せてからの引き、というのが定石ですよね。
しかし、森橋ビンゴという作家はまだまだ容赦しません。
なんと、ここからさらなる驚愕の展開を用意していたのです!
心が壊れてしまった四郎は、バイト先でミスを連発します。
三好と何かあったのかと心配する広美さん。
そこで四郎は、彼女に再び三好とのことを相談するわけです。
このことを自体は当然の成り行きだとは思います。
だって、前巻「-一年目 冬-」で、彼女は四郎と三好との偽りの関係のことも知っていますし、
他には話を聞いてくれる人は誰ひとりいないんですよ?
それにあの時、ただ黙って話を聞いてくれた広美さんなら、四郎の心を癒してくれるはずだと思うじゃないですか。
それがねえ……もう、ふざけんな、ていう感じですよ。なんですか、あれは。
あんな展開、いくらなんでも殺生ですよ!
●四郎と広美さんとは「同じ」じゃない
まあ、端的に言ってしまえば、
広美さんが付き合っていた「ある人」とは、「松永正樹」だった、というオチですよ、ええ。
「僕は、親父の代わりってことですか……」
俺が呟くと、広美さんはベッドに突っ伏して、また、泣き始めた。
「ごめん……! 四郎君、ごめん……!」
俺に広美さんを責めることなど、できようはずがなかった。俺も、同じだ。(本文274ページから275ページまでより引用)
ここは正直、四郎は怒っていいと思いました。
彼は三好を未来の代わりにしようとしていたことを「同じだ」と称していましたが、どう考えても違いますから。
彼は三好のことを好きになろうと努力していたじゃないですか。
三好が望むような甘いセリフも、頑張って口にしていたじゃないですか。
未来のことも忘れようと、必死で勉強して、一人部屋にも移ったじゃないですか。
16歳の少年が彼なりに考えた上で、間違いながらも、それでも人の「心」に誠実であろうとしたんですよ。
こんなにも人の好意を苦しく感じるなんて、思ってもいなかった。(本文73ページより引用)
広美さんは大人じゃないですか、また、仕事上の上司でもあるじゃないですか。
そんな彼女が立場を利用して、一回り以上年下の少年をたぶらかしたんですよ?
たとえ四郎があまりに父親に似ていたからといっても、たとえ一時の気の迷いだったとしても、
私は決して「同じ」こととは思いたくありません。
●それでも四郎のしたことは罪なのか
「広美さん、僕もひとつだけ、秘密をいいます」
(中略)
「僕の好きな人って、未来なんですよ」(本文275ページより引用)
四郎はここで初めて、未来との約束を破ります。
同じ穴の貉である広美さんなら、きっと秘密を守ってくれるだろう、と。
私はこのことで四郎を責める気にはなれません。
ここまで、いろんなことが一気に起こって、悲しむ暇さえもなく、ただ立ちつくしているだけの少年に、一体だれが、「それでもなお、それはお前だけの中でずっと隠しておくべきだ」なんて言えるのでしょうか。
広美さんも四郎の「同志」です。
自分の気持ちを忘れようと他人の気持ちをも利用した、立派なクズ同志なのです。
共犯者的な安心感も確かにあるのでしょう。それはそれで、いいとも思います。
広美さんに未来の話をしているうちに、俺はやはり、未来を好きでいなくてはと、そう、思ったのだ。そうでなければ、三好が、浮かばれない。せめて俺は、未来のことを好きでい続けなくてはならない。それが俺の、俺なりの、贖罪だと思った。(本文277ページより引用)
まあ正直、広美さんとの「ただれた傷のなめ合いエンド」でも最悪いいかもと思いましたね。
それで、四郎の苦しみがいくばくかでも低減するならそれもアリかなと。
●次回への伏線は
で、どうするんですかね。このあと。
あとがきによれば、
「できることなら、あと二巻。無理そうなら、あと一巻。この物語は、続く」
だそうですが、あとどれだけ続こうとも、果たして四郎が報われるときがくるのかどうか、まったく見えてこないですからね。
正直、ここからどう、この作品を楽しんでいけばいいのか、見失っているところもなくはないです。
そんな中、次回への伏線かもと思える箇所がいくつかあります。
伏線?その一
『未来の彼女ってどんな女なの?』(本文80ページより引用)
とメールしてきた二胡。
ここは絶対伏線でしょう。彼女がこのままおとなしく未来を諦めるとは思えませんw
ここまできたら、ぜひ彼女には山城要と対決してもらいたいですね。
伏線?その二
「京都行こうぜ」(本文153ページより引用)
と秋の連休に京都旅行を誘ってきた親父・正樹。
これは分かりやすいですね。ご丁寧に時期まで指定してくれていますしw
しかも、他のメンツとして、三並英太と東雲侑子と、なんと親父の“彼女”!も来るというのですからねえ…
ここの伏線が一番怖いですね。(山城要と東雲とのつながり、という展開も考えると…ああ)
あと、伏線とは言えないかもしれませんが、
やっぱり和田香織のことが気になりますね。
和田の悩みが、まるで自分のことのように、よく分かった。俺も今、和田と同じことを考えて、悩んでいる。(本文134ページより引用)
あたしは未来君の何が好きなんだろう。
そんな悩みを、まるで独り言のように、四郎に打ち明けてくれた和田。
私の勝手な願いですが、できれば、ここも次巻への伏線だったらいいなと思うんです。
そして、彼女にも、四郎の本当の心の苦しみを分かって欲しい。
そう思わざるを得ません。
●この恋と、その未来。
この恋にどういう未来が待っているのか、現時点では検討もつきません。
どう収まれば、ハッピーエンドなのかもわかりません。
これは、「この恋と、その未来。 -一年目 春- 感想」のときの、私自身の言葉ですが、
本当に何がどうなれば“ハッピーエンド”になるのか、いまだにまったくわかりませんね。
ただ、ね。
私は最後の締めの一文に、ほんのわずかな光も見たんですよ。
何もかも失って、けれど俺には、まだ、好きな人がいる。(本文278ページより引用)
それは、あまりに辛い、苦しい希望かもしれません。
それでも確かに、それは「未来」への想いだったはずです。
そう、まだすべては失っていないんです。
“この恋、とその未来。”
それだけはまだ残っているんです。
どんな形かは知りません。
でも、それでも、きっと、最後はハッピーエンド。
信じて待ちたいと思います。
※この恋と、その未来。 -一年目 夏秋-の感想はこちら。
※この恋と、その未来。 -一年目 冬-の感想はこちら。
―ようやく、理解できた気がした。
恋をしているのは俺の、心なんだと―
(販促帯より引用)
前回の感想で私は、いくつかの“爆弾”を予想しました。
危険な爆弾があちこちに用意されている、次でどれかは爆発するだろうと。
結果として、確かに今回爆発しました。それも木っ端微塵に。
でも、まさかこんな展開になるとは、予想できませんでした。
しかも、私がいくつか予想した“爆弾”ではなく、思いもしない方向での爆発だったので、
読み終わっても、しばらく何も考えられなくなりました。
本当は、昨年の12月頃には読了自体はしていたんです。
でも、どうしても自分の中でうまく消化しきれなかったんですよ。
改めて何度か読み返してもみたんですが、かえって輪郭がぼやけていくというか、さらに混乱してくる始末だったんですね。
で、結果、ここまで時間がかかってしまいました。(ぶっちゃけ、まだ曖昧模糊としていますが)
というわけで、かなり間が空いてしまいましたが、
「この恋と、その未来。 ―二年目 春夏―」の感想を綴っていこうと思います。
かなり長くなりますが、もしよろしければ、お付き合いいただけるとうれしいです。
※いつものように、今回もネタバレ要注意です。
●何も変わらない
さて、物語は二年目に突入。
未来と一緒だった第一寮を出て、四郎は一人部屋である第二寮での生活を始めています。
未来とはクラスも替わったこともあり、一年のころと比べると、会話を交わす機会は確実に減ったようです。
一方、三好との交際は順調そうで、「未来への恋心を三好色に塗り替える」という四郎の目論見は、表面上はうまくいっているかのように思えます。
でも実際は、まったく変わっていないんですね。
「何も変わらない」
と、呟いた。
住む部屋を変えて未来と離れても、季節が移ろっても、窓辺に百合の花が咲いても、俺の心はまだ、未来に囚われている。(本文19ページより引用)
むしろ、中途半端な離れ方のせいで、かえって想いが強くなっているのかもしれません。
例えば広島と東京とか、物理的に距離が離れているなら諦めもつくかもしれませんが、所詮は同じ学校、いつだって顔を合わせることはできるわけですからね。
そして一人部屋に戻ると、そこに未来の姿がいないことをより意識してしまう。
これでは、状況はむしろ悪化しているといってもよさそうです。
●胸よりも肩
三好との度重なるデートも、どうやら逆効果のようです。
要するに、別の女性と触れ合うことで、逆に未来への想いがより鮮明になってしまうんですね。
三好と未来との対比でわかりやすい例があります。どちらも雨のシーンです。
以下は、三好との雨の中でのデートシーン。
「くっ付かンと、濡れてしまうけェ」
俺は、急に体が強張るのを感じた。三好の、柔らかな胸の感触が、二の腕から伝わってくる。(本文35ページより引用)
次は放課後雨の中、未来と偶然一緒になったときの場面。
未来の傘はかなり大きな、男二人で入ってもそれなりに余裕があるサイズだったが、それでも雨に当たらぬよう並んでいると、時折、お互いの肩が触れる瞬間があった。(本文78ページより引用)
三好は「胸」です。しかも、明らかに彼女のほうから意図的に押し付けられています。
一方は「肩」です。こちらはなんの意図もなく、本当にたまたま触れただけ。
普通なら、健全な男がどちらに欲情するか、火を見るより明らかですよね?
ところが、四郎は未来との接触にの後、こんなふうに感じるのです。
ほんの僅かな、その服越しの接触が、俺の中の情欲を酷く掻き立ててくる。同じように、三好とひとつの傘に入った時、腕の組んで、三好の胸が押し当てられていたあのときにさえ、こんなに掻き立てられたりはしなかった。(本文78ページより引用)
どうでしょう。すごくないですか、この差。
肩が偶然触れ合っただけで、胸を押し当てられたときよりも情欲を掻き立てられるんですよ?
胸よりも肩。
四郎の気持ちがどちらに向いているのか、これほどわかりやすい例はないですよね。
●「女」を知った「男」が怖い
もちろんこれは、三好の性的魅力が乏しい、ということではありません。
胸を押し当てられたときには、四郎の鼓動は速まり、完全に硬直状態になったくらいですから、
そうとう三好に対して、性的な意識も向いていたことでしょう。
でも、彼はその状況を喜べません。逆に、怖がってさえいるようです。
待っている赤い信号に「早く、変われ。」とまで願ってしまう彼は、いったい何をそんなに恐れているのでしょうか。
三好の持つ「女」性が、怖かったのだ。それが俺の「男」性を、あまりに、あまりに刺激するから。(本文39ページより引用)
要するに、彼は自分の中の「男」の部分を恐れているんですね。
自分の中のタガが外れて、三好に何かをしてしまうのが、怖い。
しかし、これは、彼女を大事に思う気持ちからきているものではないんです。
俺が「女」を知ることで、俺が未来に抱く恋慕が、一層強くなってしまう可能性があるとしたら?
(中略)
未来以外の「女」を知ってしまった時、たぶん、俺はこの先一生、未来を「女」としてしか見られなくなってしまうように、思うのだ。(本文40ページより引用)
もうね。なんでしょう、これ。
正直、序盤のこの時点で泣きそうになりましたよ。
そう、いつだって、彼は未来のことしか考えていないんです。
たとえ、彼女が胸で誘惑してきたとしても、彼女に欲情したとしても、
そのことが、未来にとってどういう結果を及ぼすか、ということでしか考えられないんです。
恋は心でするのか、体でするのか。
はっきり言って、この段階でもう答えは出ていたんだと思いますね。
●ボンちゃんはわかりやすい舞台進行役
さて、一年目と二年目では、部屋が変わった以外にもう一つ、大きな違いがあります。
そう、ボンちゃんこと、新入生の「梵七施」です。
正直、彼女のことは、それこそ「先輩好き好き的なうざい後輩キャラ」として、四郎と三好との間を掻き回す役目かな、くらいにしか考えていませんでした。
主人公たちが進級する展開を機に、まあ後輩キャラも入れとかないとなあ、くらいの軽い感じの新キャラだと思っていました。
結果として、確かに彼女は“爆弾”というほどではありませんでしたが、意外なほどに重要なキャラでもありました。
それは「舞台進行装置」としての役割。
要するに、次の展開を進める上で、彼女はすごくわかりやすいナビゲータ役を果たしていたんです。
四郎を慕う彼女は、寮内で四郎の話ばかりをします。三好の前でも彼女はいるのかと聞く始末です。
そういう状況を見ていた、三好の親友である和田は、四郎に対して三好との交際をオープンにしろと進言します。
そこで初めて、四郎も「これで状況も変わるかもしれない」と思うんですね。
周囲も認めるところになれば、自分の心も変わっていくだろうと。
まあ彼自身が自発的に関係を明らかにするとは、ちょっと思えないですからね。
四郎も、「こんなことすら、人任せにしかできないのか」と自嘲していましたが、
要するに彼女は、ここで絶妙なアシストをやってみせたわけです。
今巻のメインイベントである「期末試験終了後の打ち上げとしての花火大会」の件もそうです。
彼女がいたからこそ、四郎と三好の仲を知った高山や野球部の連中が、
自分たちもボンちゃんとお近づきになれるよう御膳たてしろと四郎に要求してきたわけですよ。
そして、その流れのおかげで、「花火大会」が今回唯一の楽しいイベントとなったんです。
さらには、そこでの女性陣浴衣祭りの浴衣もボンちゃんがすべて用意するんですから、もう実にわかりやすいですねw
ある意味今回、彼女がすべての舞台設定をしたといってもいいかもしれません。
さらには、終業式後のあの場面でも……。
いや、これはここで指摘するのはやめておきましょう。
とにかく彼女は、要所要所で物語の進行役を担っていたわけです。
●あまりに残酷な「フラグ」
さて今回、214ページ(11章)から怒涛のクライマックスが始まるわけですが、
それまでの展開は、比較的平和です。
というか、環境が変わっても「何も変わらない」状況に四郎が苦しみながらも、
周りは徐々に外堀が埋められていく感じなんですね。
ボンちゃんのアシストで、三好とも公認の仲になりますが、
対する未来も、山城要と泊りの旅行にいって、そこで彼女に「秘密」を打ち明けることを決意します。
つまり、四郎の気持ちとは別に、未来のことを諦めざるを得ないような状況がだんだんと出来上がってくるわけですよ。
未来は「要さんを騙しているようで辛い」「受け入れてくれなかったらどうしよう」と、弱音を吐きつつも、
それを「親友」に聞いてもらえたことで、少しは気を楽にしつつ、山城要との旅行に出かけていきます。
そして四郎は、山城要に秘密を知ってもらいたくないとは思いつつも、一方では「これでいいんだ」と呟きます。
自分にとって、起きて欲しくない事態が起こることで、ようやく、長らく踏み出せなかった一歩を踏み出せるんだと言い聞かせながら。
試験が終わった開放感もあるのでしょうか、
みんなとの花火大会では、それまでの鬱々とした気持ちを吹き飛ばすかのように、四郎も明るくはしゃぎまくります。
そして、そこで初めて、四郎が「自ら」三好にキスをするわけです。
この時点で、なんかもう、このまま大団円でもまあいいか?みたいな雰囲気になるんですよ。
ハッピーエンドとは言えないものの、気持ちを偽りながらもそれが本物になるのを信じて……みたいな、ね。
ところが、その後の四郎のモノローグで、なんとも絶望的な気分にさせられるんです。
ようやく、だ。
歩きながら、俺はずっと、そのことを考えていた。
ようやく、俺は未来のことを忘れることができるのかもしれない。今日、未来がいないことで、未来が山城要と旅行に出かけたことで、俺もようやく、はっきりと、諦めがついたのだと思う。
(中略)
それで、いい。
これでいいのだ。未来のためにも。何より、俺自身のためにも。(本文212ページより引用)
……もうね。この文章を読んで、誰が「よかったなあ」と思えます?
あまりに不吉というか、
こんなのどう考えても「俺この戦争が終わったら結婚するんだ…」的なアレしか考えられないじゃないですか!
それまでの花火大会の描写がすごく楽しいだけに、あまりに、あまりにも残酷です。
試験期間中での高山たちとのやりとりなんかは、いい意味ですごくラノベっぽくって楽しかったんですけどね。
「三次元なんてゴミ!世界に立体感なんて必要ないの!平面でええのッ!」とか「チンコの見返りがボンちゃんなんて……」とか、爆笑もんだったんだけどなあ。ホントどうしてこうなった…
正直、ここからの展開は、読み進めていくのが本当に辛かったです。
もうページをめくることすら怖かったですね。
いや、次の一行を追うことすら、だったかもしれません。
※ここからの「ネタバレ」は、できれば本編を読み終えてからの観覧をお勧めいたします。
●爆弾はあの人だった
まず、誰が“爆弾”だったのか、結論からいいましょう。
爆発した“爆弾”は、四郎の姉である壱香でも二胡でもありませんでした。
もちろん、梵七施でも三好でもありません。
爆発したのは、「松永四郎」その人でした。
よく考えてみれば、当然の結末です。
心の中にいつ爆発してもおかしくない“爆弾”を抱えていたのは、他ならぬ彼だったはずなのですから。
なんで、こんな簡単なことに今まで気づかなかったのでしょうか。
まったく、己の浅はかさがつくづく嫌になりますね。
●Don’t think. Feel
まずは、楽しかった花火大会が終わった後、いったい何が起こったのか、改めて見ていきましょう。
期末試験も終わって、あとは試験答案が返ってくるだけ。
そんな気分はすでに夏休みとなっている中、四郎は未来が学校を休んでいることを知ります。
しかも、保健の先生から「軽い鬱状態」のようだとも聞かされるのです。
それを聞いて四郎は、山城要と何かあったんだと確信します。
そして、真っ先に未来の部屋に駆けつけ、こんな言葉を口にするんですね。
「親友なんだからさ」
その言葉を聞いて、未来は四郎に話し始めます。
「秘密」を打ち明けた山城要にフラれたこと。
そればかりか、「気持ち悪い」とはっきり拒絶されたこと。
さすがにそれで、気が滅入っていること。
人に話してちょっとマシになったと、強がってみせる未来。
そんな寂しげな未来の顔を見て、四郎は心よりまず体が動き始めます。
なんと彼は、三好との誕生日デートを速攻で反故にし、いきなり山城要の学校へと乗り込んでいくんです。
この間、彼が悩んだ形跡はいっさいありません。
当然のこととばかりに、体だけが動いているんです。
とにかく、ここでの四郎の行動には、ひたすら圧倒されましたね。
四郎の親父が言っていた
「Don’t think. Feel」(本文59ページより引用)
はまさにこういうことを指していたのです。
●山城要の真意は
いくら親友がひどいフラれ方をしたからといって、
いきなり学校休んでまで乗り込まれても、ちょっと意味がわからないですよね。
そりゃ山城要じゃなくたって、これは普通じゃないって思いますよ。
まして、未来の体のことをずっと前から知っているというのですから、彼女が“気づいてしまった”のは当然のなりゆきだったと思います。
「君は未来君のことが好きなの?」(本文233ページより引用)
そんな彼女は四郎にこんな言葉をぶつけます。
「体のことぐらいでって、四郎君は言ったけど、もしそうだとしたら君だって、完全には未来君のこと、男性としては見られていないってことじゃない」(本文233ページより引用)
ひどい言葉だとは思いますが、的を射た言葉でもありますね。
四郎の「好き」という気持ちが、そのまま未来を裏切っていることになっているわけですから。
でも、彼にだってそんなことはわかっています。
わかっているからこそ、「親友なんだから」としか言えなかった彼にとって、これほど残酷な言葉が他にあるでしょうか。
さて、敵意さえ篭った視線で「私には無理、それだけ」と、話を打ち切ろうとする要に対して、
人を傷付けてなんでそんなに平然としてられるのかと、問い詰める四郎。
それに対して彼女が言い放ったセリフがなかなか意味深です。
「私が傷付かなかったって、どうして思えるの?」(本文236ページより引用)
けっこうぐっとくる名台詞ですよね。
ただ、だからといって、「気持ち悪い」とまでいうことはないだろ、とも思いますがw
さらには最後に、こんな言葉も言い残していきます。
「君は未来君が好きだから、分からないんだと思う。私だって本当は未来君と一緒にいたかった。だけど、無理だったの、どうしても」(本文236ページより引用)
「好きだから、分からないんだ」というフレーズが気になりますね。
いったい彼女の真意はどこにあるのでしょう。
ここでの彼女は、なんだか妙に悪女っぽい描写が目立って、かえって「青鬼メソッド」なのかと、ちょっと邪推してしまいます。(あの東雲侑子のいとこですしね)
●さらなる追い打ち
けっきょく、四郎がやったことは何も生み出せませんでした。
未来と山城要との仲を復活させるどころか、最も知られたくない人間に自分の「気持ち」を知られてしまっただけでした。
そして、そんな四郎に追い打ちをかけるようなことが次々と襲いかかります。
後悔しながら部屋に戻った四郎の元に、未来がすごい剣幕でやってくるのです。
「なに勝手なことしてんだ、お前……」(本文238ページより引用)
そう、山城要が未来に告げ口をしたのです。
「要さん、泣いてたぞ……」(本文238ページより引用)
怒りの理由はそれかよ、と冷める四郎。
自分の行動が、かえって余計に未来を傷付けたということがわかってしまいながらも、
いまだ要の心配をする未来に対してなかなか素直に謝れません。
勝手なことをしたのは悪かったけど、あの人も言っちゃいけないことを言ったじゃないか。それが許せなかったんだ、と。
どこか開き直りつつ、そんな言い訳をする四郎に対して、未来が決定的な言葉を口にします。
「……本当に、それが、理由か?」(本文240ページより引用)
その声に怒りはなく、まるで、怯えているようでした。
そう、山城要が未来に告げ口したんです。
松永四郎は、織田未来を、「女」として見ているんじゃないか、と。
……しかし、まさか、こんな形で「バレる」なんてねえ……
しかも、三好とか姉たちとか身近の人にではなく、まず未来本人にばれてしまうとは!
本当になんと残酷な展開なんでしょうか。
それにしても正直、この時点では山城要の真意がまったく読めませんね。
単純に悪意なのか、それとも彼女なりの何かがあるのか……。
●それはある種の「自殺」
ごまかすことはできました。鼻で笑ってみせることもできました。
でも、四郎はもう駄目だとこの段階で思ってしまいます。
「疑い」が生まれてしまった時点で、自分の気持ちを隠し続けることはできないと思ってしまうわけです。
「……そうだね」
俺は俯き、そう告げた。
「俺は未来のことが、好きなんだと思う」(本文241ページより引用)
……そして、このあとの未来の言動は、あまりに痛々しいものでした。
薄々そんな気がしなくもなかった。
でもそうじゃないと信じたかった。
今はそうでも、変わるかもって、思ってた。
お前が、親友でいようとしてくれてるのも、感じてたから。
未来は四郎を責めることはしませんでした。
その代わりになんと、「自分の体」に矛先を向けてしまうんです。
「いいよ!俺が悪いんだ! 俺の体のせいだもんな、全部!」(本文243ページより引用)
シャツも下着も脱ぎ捨て、その白い肌を四郎の前で晒す未来。
自暴自棄になった彼は「なあ、ヤッみるか?俺も心変わりするかもよ」と四郎を押し倒します。
ここは、「-一年目 春-」の元彼の話を少し思い出しました。
「こいつとなら、付き合えるかも」と思いながらもキスを求められて殴ってしまった、かつての未来。
それを思えば、ヤッたら女としての心が芽生えるなんて、未来自身が微塵も思っていないのは自明のことです。
要するに、ここは完全にヤケになっているというか、ある意味「自殺」に近いんですよね。
未来にとって、「女」でありながら「男」である、というのは、己が己自身であることの証です。
つまりアイデンティティそのものです。
そんな自分の体を「死にたくなってくる。こんな体に生まれたせいで」と吐き捨てた未来は、己自身をも抹殺しようとしていたのかもしれません。
●俺の心が認めない
けれど、そんな言葉とは裏腹に、俺の体は抵抗の素振りすら見せてはいなかった。頭では、嫌だ、と思っている。俺が求めていたのは、こんなことじゃない。今の未来は普通の状態じゃない。そう、思っているのに、体が動かない。(本文244ページより引用)
未来のその「女性らしい部分」を見た瞬間、四郎は未来を抱きしめてしまいます。
今なら、いけるかもしれない。
そんな考えが頭を過る。
やっちまえ。(本文245ページより引用)
据え膳なんとか、という言葉もあります。男なら当然のことでしょう。
未来の背中を撫でてみても、未来が拒む様子はありません。
でも、それが、四郎を酷く哀しませるのです。
ようやく、理解できた気がした。
未来に恋しているのは、俺の心、なんだと。
(中略)
未来をこれ以上、傷付けたくなかった。
俺の勝手な行動で傷付けて、俺が抱き続けた感情のせいで傷付けて、この上、俺が未来を抱くことなど、許されるはずがない。世界中の全ての人間が許したとしても、俺の心が、そんなこと、認めない。(本文246ページより引用)
「心」と「体」が一致しないということ。
それは、「-一年目 春-」からずっと、流れていたテーマです。
未来の持って生まれた問題と同様、四郎もまた、ずっとこの問題を抱えていたのです。
「ずっと……我慢していたんだ」
「未来のことを意識し始めてから……ずっと……我慢、していたんだ……」
「だから別に、我慢くらい、できるよ……この先も、ずっと」(本文245ページおよび246ページより引用)
四郎のこのセリフが、きっと未来を正気に戻したんだと信じたいです。
お前が我慢できるというなら、俺だって我慢できるよ、と。
●それでもなお、彼の心には
自分が抱いている感情がばれてしまった以上、未来とはもう終わりだろうと大きな喪失感を抱く四郎に、
さらに、さらに辛いことが襲いかかります。
次の日、三好と和田が四郎を呼び出します。いわく、昨日どこにいたのか、と。三好との誕生日デートを無下にしてまで、いったい何をしていたのか、と。
そうです。山城要と喫茶店ですったもんだやっていたあの場面を、事もあろうに、あのボンちゃんが目撃していたのです。
彼女は和田だけにこっそり伝えます。話の内容は分からないけど、なんだか痴話喧嘩のようだったと。
……もう、まさかね。こういう伏線だったとは思いもしませんでした。ほんとボンちゃん優秀すぎますよ……。
「その人って、ひょっとして、松永君が前に言うとった人……?」
「……沙耶から聞いたよ。あんた、他に好きな女がいるって」(本文252ページおよび253ページより引用)
正直、いいかげんにしてくれと、読んでいて思いました。
いくらなんでも酷すぎるだろうと。
あの未来との後にこれかよ、と。
この段階で、「松永君が前に言うとった人」のことを問いただす、ってどんだけドS展開なのかと。
四郎は当然、そうじゃない、と否定しようとします。そりゃそうですよ。好きな人どころか、むしろ「恋敵」であり、「好きな人を傷付けた憎き相手」なんですから。
でも、彼はこう思ってしまうんです。
間違いとも言い切れなかった。俺は確かに好きな女のために、山城要に会いにいったのだ。三好との約束を振り切って。(本文253ページより引用)
そして、そう思われても仕方ないと、答えてしまうんですね。
そんな四郎に拳で答える和田香織。
それを制止しつつ、「何か言って」「否定して」と目で訴える三好。
そんな三好の気持ちがわかってしまってもなお、彼は言い訳さえ口にできません。
なぜなら、「それを機に、未来の秘密までもがバレていく可能性があるから」。
そう、こんなときにまで、彼の心には未来のことしかないのです。
●彼の心はまだ誰にも知られていない
「……そこまで馬鹿とは思ってなかったよ」
「うちじゃ、駄目じゃったんじゃね……」(本文254ページおよび255ページより引用)
そんな言葉を残しつつ、去っていく和田と三好。
未来を裏切り、傷付けて、また、三好までも裏切り、傷付けて。
ほんの一瞬で、すべてを失ってしまった四郎の心は壊れていきます。
俺の心が、壊れていく。(本文256ページより引用)
もうここまで、完膚なきまでにバッドエンドですね。
今までなんとか培ってきたものがすべて水の泡となったのですから。
しかも、彼は未だ未来への想いをずっと抱えたまま、これからもあと、1年半もの学園生活を送らなければならないのですから。
ただ、ある意味、和田に罰されたことは、彼にとって「救い」だったのかもしれない、とも思うんですね。
(ていうか、そうでも思わなきゃやってられません!)
いっそ殴られた方が楽だろうな、と、一瞬、思った。
(中略)「このクズ野郎!」と罵られて虐げられたら、俺もいっそ、すみません、すみません、と謝ることもできるのに。
今の俺は、クズの自分をひた隠しにしていて、それすらも、許されない。
それが何より、苦しい。(本文72ページから73ページまでより引用)
たぶん、俺は罰されたいのだろう。三好を裏切っていることや、未来を裏切っていることに対して。(本文74ページより引用)
それにもかかわらず、彼が救われていないのは、まだ誰も彼の「心」をわかってくれてないからなんですよ。
和田も三好も四郎の本当の気持ちをまだ知りません。
実は未来のことが好きで、それで悩んでいるんだということを、せめてわかった上で罵られるのならば、少なくとも彼の心は壊れなかったはずなんです。
個人的には、三好はともかく和田香織には本当のことを知ってもらいたいと思っています。
彼女だけはせめて、四郎のことをわかってほしいと考えてしまう自分がいます。
不思議なものだ。
俺と和田は男と女で、けれど、同じ人間のことを好きで、そして、その好きな相手が自分には振り向いてくれないだろうということを知っている。だから懸命に、好きな相手のことを忘れようとしている。(本文136ページより引用)
なぜなら、四郎と和田は、ある種の「同志」でもあったのですから。
●さらなる、そして、さらなる追い打ち
普通なら、この辺で、「以下、次巻」となるでしょう。
だって、すでに、要、未来、三好と、見事な三段落としが決まっているんですからw
これだけの鬱展開を見せてからの引き、というのが定石ですよね。
しかし、森橋ビンゴという作家はまだまだ容赦しません。
なんと、ここからさらなる驚愕の展開を用意していたのです!
心が壊れてしまった四郎は、バイト先でミスを連発します。
三好と何かあったのかと心配する広美さん。
そこで四郎は、彼女に再び三好とのことを相談するわけです。
このことを自体は当然の成り行きだとは思います。
だって、前巻「-一年目 冬-」で、彼女は四郎と三好との偽りの関係のことも知っていますし、
他には話を聞いてくれる人は誰ひとりいないんですよ?
それにあの時、ただ黙って話を聞いてくれた広美さんなら、四郎の心を癒してくれるはずだと思うじゃないですか。
それがねえ……もう、ふざけんな、ていう感じですよ。なんですか、あれは。
あんな展開、いくらなんでも殺生ですよ!
●四郎と広美さんとは「同じ」じゃない
まあ、端的に言ってしまえば、
広美さんが付き合っていた「ある人」とは、「松永正樹」だった、というオチですよ、ええ。
「僕は、親父の代わりってことですか……」
俺が呟くと、広美さんはベッドに突っ伏して、また、泣き始めた。
「ごめん……! 四郎君、ごめん……!」
俺に広美さんを責めることなど、できようはずがなかった。俺も、同じだ。(本文274ページから275ページまでより引用)
ここは正直、四郎は怒っていいと思いました。
彼は三好を未来の代わりにしようとしていたことを「同じだ」と称していましたが、どう考えても違いますから。
彼は三好のことを好きになろうと努力していたじゃないですか。
三好が望むような甘いセリフも、頑張って口にしていたじゃないですか。
未来のことも忘れようと、必死で勉強して、一人部屋にも移ったじゃないですか。
16歳の少年が彼なりに考えた上で、間違いながらも、それでも人の「心」に誠実であろうとしたんですよ。
こんなにも人の好意を苦しく感じるなんて、思ってもいなかった。(本文73ページより引用)
広美さんは大人じゃないですか、また、仕事上の上司でもあるじゃないですか。
そんな彼女が立場を利用して、一回り以上年下の少年をたぶらかしたんですよ?
たとえ四郎があまりに父親に似ていたからといっても、たとえ一時の気の迷いだったとしても、
私は決して「同じ」こととは思いたくありません。
●それでも四郎のしたことは罪なのか
「広美さん、僕もひとつだけ、秘密をいいます」
(中略)
「僕の好きな人って、未来なんですよ」(本文275ページより引用)
四郎はここで初めて、未来との約束を破ります。
同じ穴の貉である広美さんなら、きっと秘密を守ってくれるだろう、と。
私はこのことで四郎を責める気にはなれません。
ここまで、いろんなことが一気に起こって、悲しむ暇さえもなく、ただ立ちつくしているだけの少年に、一体だれが、「それでもなお、それはお前だけの中でずっと隠しておくべきだ」なんて言えるのでしょうか。
広美さんも四郎の「同志」です。
自分の気持ちを忘れようと他人の気持ちをも利用した、立派なクズ同志なのです。
共犯者的な安心感も確かにあるのでしょう。それはそれで、いいとも思います。
広美さんに未来の話をしているうちに、俺はやはり、未来を好きでいなくてはと、そう、思ったのだ。そうでなければ、三好が、浮かばれない。せめて俺は、未来のことを好きでい続けなくてはならない。それが俺の、俺なりの、贖罪だと思った。(本文277ページより引用)
まあ正直、広美さんとの「ただれた傷のなめ合いエンド」でも最悪いいかもと思いましたね。
それで、四郎の苦しみがいくばくかでも低減するならそれもアリかなと。
●次回への伏線は
で、どうするんですかね。このあと。
あとがきによれば、
「できることなら、あと二巻。無理そうなら、あと一巻。この物語は、続く」
だそうですが、あとどれだけ続こうとも、果たして四郎が報われるときがくるのかどうか、まったく見えてこないですからね。
正直、ここからどう、この作品を楽しんでいけばいいのか、見失っているところもなくはないです。
そんな中、次回への伏線かもと思える箇所がいくつかあります。
伏線?その一
『未来の彼女ってどんな女なの?』(本文80ページより引用)
とメールしてきた二胡。
ここは絶対伏線でしょう。彼女がこのままおとなしく未来を諦めるとは思えませんw
ここまできたら、ぜひ彼女には山城要と対決してもらいたいですね。
伏線?その二
「京都行こうぜ」(本文153ページより引用)
と秋の連休に京都旅行を誘ってきた親父・正樹。
これは分かりやすいですね。ご丁寧に時期まで指定してくれていますしw
しかも、他のメンツとして、三並英太と東雲侑子と、なんと親父の“彼女”!も来るというのですからねえ…
ここの伏線が一番怖いですね。(山城要と東雲とのつながり、という展開も考えると…ああ)
あと、伏線とは言えないかもしれませんが、
やっぱり和田香織のことが気になりますね。
和田の悩みが、まるで自分のことのように、よく分かった。俺も今、和田と同じことを考えて、悩んでいる。(本文134ページより引用)
あたしは未来君の何が好きなんだろう。
そんな悩みを、まるで独り言のように、四郎に打ち明けてくれた和田。
私の勝手な願いですが、できれば、ここも次巻への伏線だったらいいなと思うんです。
そして、彼女にも、四郎の本当の心の苦しみを分かって欲しい。
そう思わざるを得ません。
●この恋と、その未来。
この恋にどういう未来が待っているのか、現時点では検討もつきません。
どう収まれば、ハッピーエンドなのかもわかりません。
これは、「この恋と、その未来。 -一年目 春- 感想」のときの、私自身の言葉ですが、
本当に何がどうなれば“ハッピーエンド”になるのか、いまだにまったくわかりませんね。
ただ、ね。
私は最後の締めの一文に、ほんのわずかな光も見たんですよ。
何もかも失って、けれど俺には、まだ、好きな人がいる。(本文278ページより引用)
それは、あまりに辛い、苦しい希望かもしれません。
それでも確かに、それは「未来」への想いだったはずです。
そう、まだすべては失っていないんです。
“この恋、とその未来。”
それだけはまだ残っているんです。
どんな形かは知りません。
でも、それでも、きっと、最後はハッピーエンド。
信じて待ちたいと思います。
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