保身の先にあるものは~「満願」と「氷菓」をつなぐ怖さ~

昨日購入した「満願」ですが、
とりあえず、冒頭1つ目「夜警」を読み終えました。(「満願」は6編のミステリによる短編集です)

いや~、嫌な話でした。
よく、ダーク色の強い米澤穂信作品を「黒よねぽ」と呼んだりしますが、
たしかに「満願」は濃縮された「黒よねぽ」ですね。

もっとも個人的には世間で言われるほど米澤さんの作品を暗黒小説とは思いませんけど。
文庫化された作品はほとんど読んできましたが、
私が読み終えた後、本当にしばらく気分が落ち込んだのは「犬はどこだ」だけですし。
読む前にウツになるから覚悟しておけと言われていた、「さよなら妖精」も「ボトルネック」も
意外なほど真っ当な青春小説でしたし、あまり『米澤穂信作品は鬱だ、救いがない』と思わるのは正直歯がゆいというか、
『そうじゃないのになあ』と言いたくなります。

ただ、どんな作品でも『人間の暗い部分』をテーマにしていることは間違いないです。
まあ“ミステリ”というジャンル自体そういうものだと思いますが、
今回の「満願」は「黒よねぽ」度99%で、そういった意味で米澤作品の中でも異色な作品なのかもしれません。

さて、一方「氷菓」という作品は、アニメの印象もあって「白よねぽ」の代表作とされています。
もともとがかつて角川が出していたライトノベルレーベルからのデビュー作ということもあって、
米澤作品唯一の“ラノベ”的な文脈でも語られることが多い作品です。
(でもだからといって“ラノベ”的なノリを期待しているととんだしっぺ返しに会うんですけどね…)

で、今回「満願」冒頭の「夜警」を読んでいてなぜか、
氷菓 6 (角川コミックス)』の「持つべきものは」という一遍を思い浮かべたんですね。

かたや文芸雑誌に掲載された犯罪心理をテーマにしたミステリ、かたや青春ものアニメのコミカライズ作品。
一見するとまったく違うジャンルですよね。
が、そこはおなじ米澤ワールド、通じるものがあるように思えるのです。

というわけで、今回はミステリ短編集とコミカライズというふたつの米澤作品に横たわる「怖さ」を語ろうかと思います。

さて、小説「氷菓」は米澤穂信のデビュー作であり、代表作<古典部シリーズ>の記念すべき第1作目でもあるのですが、
アニメ「氷菓」ではその<古典部シリーズ>全体を総括したタイトルとして「氷菓」としています。
なのでアニメ「氷菓」の7話から11話は<古典部シリーズ>第2弾「愚者のエンドロール」編ですし、
12話から17話にわたっては、<古典部シリーズ>第3弾「クドリャフカの順番」編となっていました。

で、実は11話と12話の間にアニメオリジナルエピソード「11.5話」があるのです。
それが、今回の「持つべきものは」にあたります。

この「11.5話」はテレビでは放映されませんでした。
当初は本編でも放映するはずが“大人の事情で”Ustream配信とコミックス3巻BD付限定版のみとなったそうです。
※Ustreamの配信はすでに終了しています。

なので、見ていない方のためにざっと説明しますと、
「愚者のエンドロール」編で打ちのめされた主人公・奉太郎が古典部の仲間の助けを借りつつ、
ある“他愛のない事件”を解決することによって本来の奉太郎の調子を取り戻していく様子を描いた話になっています。
要は「愚者」編と「クドリャフカ」編の間を埋めることによって、奉太郎の立ち直りをわかりやすくカバーした回なわけですね。

ですから、ミステリ的には本当に“他愛のない”というかそこには人間の業など一切なく、
あくまで奉太郎の気持ちの変化と古典部の人間関係のみに重点を置いた“番外編”となっていました。
私も当時Ustreamで拝見しましたが、まあ水着回というかサービス回だなという感想しか持ちませんでしたね。
(もちろんアニメ作品として素晴らしいクオリティをもっていましたし充分に楽しめましたが)

ところが、今回の「持つべきものは」コミカライズでは、
まったく違った作品として昇華されているのです。
しかも、アニメの時と同様、今回も原作者自ら書下ろしたストーリーになっています。

で、この新しい「持つべきものは」が結構な重い話になっているわけですよ。
…いや、正直初めてコミックスで読んだときにはそれほど気にはしていなかったんですけどね。
アニメの真相はかなり拍子抜けというか“他愛のない”ものでしたので、
ミステリ的にもうちょっとちゃんとしたものに仕上げたいな、
という米澤さんの要望なのかな、さすがミステリ作家!ぐらいにしか感じませんでした。

でも「満願」内の「夜警」を読んで、はたと気づいてしまったんですね。

というのもこの2作品、事件の大きさや重さは違えど、
そこにいきつく人間の動機というか性(さが)はまったく同じなんですよ。
本当に「夜警」を読んだ後、コミック版「持つべきものは」を読んでみてください。
女子中学生の“他愛のない”嘘がものすごく怖く感じますから。


(以下は「夜警」および「持つべきものは」のネタバレを含みます。)
※一応、核心中の核心部分は見えにくくしています。




「夜警」という話は川藤というある新人巡査が凶悪犯を射殺したことの代償として殉職し、
世間的に勇敢なおまわりさんとして祭り上げられていく中で、
上司であった交番長が事の真相を推理していく形をとっています。

推理の行く先はたいそうグロテスクなものでした。
銃が打ちたいから警官になった川藤が、誤って拳銃を発射してしまった失態を隠すために凶悪犯を仕立てあげ、「合法的に」人を射殺しようとした。
これだけでも気が滅入る真相ですが、米澤作品はさらにそこを超えてくるわけです。

探偵役の上司は答えにたどり着きながらも川藤を恐ろしいやつだと責めることができません。
逆に「川藤を殺したのは俺の保身ではなかったか」と彼は警官を辞める決意をするのです。
かつて、部下を自殺に追い込んだ負い目からどこか川藤に対する指導を遠慮していた。
もう二度と部下を殺したくない。だが、それは自分の保身にすぎなかったのではないか。

そして、それは新米巡査の不祥事を嘘で固めて美談に仕立て上げ、
一方では一人の上司に責任を押し付け責任を回避しようとする警察組織自体の保身にも繋がっていくわけです。
警察のやっていることも実は川藤がやったことと同じなのではないか、だれが川藤を責めることができるのか、と。

いやあ本当に沈みますよこれは。

で、「持つべきものは」です。
アニメでは無くなったイヤリングは実は耳についたソフトクリームだった、という単なる笑い話にすぎませんでしたが、
今回コミック版におけるイヤリング紛失事件ではまったく別の真相を用意してきていました。

今回の被害者(?)は女子中学生です。
アニメのように千反田の推測で動くのではなく、中学生自らが奉太郎に依頼しに来ます。
ここで肝なのが、なくした本人ではなく、付き添いの友達が必死でお願いしてくることです。
そして、なぜかなくした本人はあまり乗り気ではないように見える。
それもそのはず、彼女は自らの見栄と保身からイヤリングをなくしたと嘘を言っていたのです。

イヤリングの真珠が実は偽物ということが友達の前でばれる。
大人から見ればなんだくだらない、となるでしょう。
でも中学生にとってはそれはとんでもなく大きなものなのです。
それこそ、銃マニアの警官が誤って拳銃を暴発させてしまったことが上司にばれるかごとく。
まさに身の破滅です。

「夜警」の川藤は以前、パトロール用自転車の書類箱のカギをかけ忘れたことがありました。
それはせいぜい、上司から気を付けろと叱られるくらいなものです。
しかし、川藤は叱られることを恐れた。そして小賢しくごまかそうとしたのです。

上司は思います。カギのかけ忘れ程度ならかわいいものだ、実害はない、と。
ただしこうも思うのです。「次もそうとは限らない」

「氷菓」の女子中学生の件も確かに“他愛のない”ものです。
その時は恥ずかしい思いをしてもそのうち笑い話になる類です。
でもこの“他愛のない”は明らかにソフトクリームが耳についてましたーとは異なる“他愛のなさ”なのです。

そして、どうしていつも調子がでない奉太郎がこの真相にたどり着いたのかを考えるとまた、違った怖さが見えてきます。

奉太郎はこう独白します。
「偽物を本物だと言いくるめて本当に試されることになったら慌てて逃げ出してしまう
哀れだ――けれど、なんだか身に覚えがないこともないな」
と。

いったい誰が川藤巡査のことを責められるのでしょう。

今回なぜ、米澤さんがわざわざ新しいエピソードを書き下ろしたのか、詳しいところはわかりません。
ただ、私が思うにアニメオリジナル回のコミカライズとはいえども、
そこにはやはり「人間性」を表現していきたいと思ったのではないかと勝手に想像しています。
ミステリとしてのクオリティ以上に、“犯人”の人間の哀れさを描こうとしたのではないでしょうか。


コミックス『氷菓 3』巻末の原作者コメントで米澤さんはこう書いています。

『本書所収「正体見たり」の中で折木がダウンした際、伊原が声を大きくして心配するシーンがあります。
あの場面を書いたとき、私は、彼らに少し広がりを与えてあげられたかなと思いました。
折木はこういう役、伊原はこういう役、千反田は、福部は……と決められた「役」から、少しずつでも彼らに人間性を与えること。
それが私の「役」だと思っています』
(コミックス『氷菓 3』より引用。太字は筆者)

ここでいう「人間性」とは善悪というレベルではなく、
トータルな意味での“人間”という存在感を与えたいのだということなのだと私は解釈しています。
(だからこそ“広がり”という表現を使っているのだと思います)

きっと、米澤さんにとっての人間性というのは
「普段それほど思っていない仲間を心配すること」と「虚勢を張ってごまかしてしまうこと」とが同列なのです。
だからこそ作品によって、針のふれ方によって“白よねぽ”にも“黒よねぽ”にもなるのでしょう。

そして、どちらがリアルという話ではなく、どちらもそれが“人間”というものなのではないでしょうか。

というわけで、「満願」と「氷菓」。
どちらも怖くて面白いです!

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……ところで、この自らの失敗を保身のために誤魔化して結果、身を破滅するってここ最近でもよくニュースで見ますよね。
JTB社員の生徒自殺予告手紙偽造事件とか。
「夜警」みたいな事件てけっこう普通に起こっているのかもなと思ったらよけい怖くなってきました……
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tag : 米澤穂信 氷菓 満願

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ぬるく切なくだらしなく。 オタクにも一般人にもなれなかった、昭和40年代生まれの「なりそこない」がライトノベルや漫画を主観丸出しで書きなぐるところです。 滅びゆくじじいの滅びゆく日々。 ブログポリシーはこちら

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