この恋と、その未来。 -一年目 春- 感想

以前、買った時に、前作「東雲侑子」シリーズ路線を踏襲とか今回も淡い青春路線とか、読んでもいないのに、あとがきをざっと見ただけで適当なことをほざいていましたが、ちょっと訂正します。
これは、「東雲侑子」とはかなり毛色の違う作品と言っていいと思います。

確かに一見、同じ路線には見えます。
イラストも同じNardackさんですし、主人公・松永四郎のキャラも、前作の主人公・三並英太に近く、恋愛に対して臆病な「草食系」です。
基本的に何事にも淡白で、友だちも少なく、クラスメートの女の子の名前も知らなかったりするところなど、最初は前回の主人公の焼き直しかと思わせるほどです。
さらに、ヒロインとある「秘密」を共有することで惹かれていく流れも共通しています。

しかし、だまされてはいけません。
読み進めていくとわかりますが、これは相当に「攻めている」作品です。
決して2匹目のどじょうを狙ったようなものではありません。

●恋はどこでするのか

前作「東雲侑子」シリーズは本当に純粋な「恋愛小説」でした。
何事にも夢中になれない主人公と、本ばかり読んでいて恋愛にまったく免疫のないヒロインが、
高校1年、2年、3年と時を重ねる中で、少しずつお互いを知りながらゆっくり経験を積んでいく、それはそれはもどかしいほどの成長物語でありました。

今回は単なる恋愛小説ではありません。いや、「恋愛小説」ではありますが、いわゆる普通の男の子と女の子が恋を知って、思い悩む姿を描くことが主題の作品ではないのです。
では、何を描いた作品なのか。そのヒントは文庫本冒頭に書いてあります。

――恋は、心でするのだろうか?それとも、体でするのだろうか?

この問いかけの意味は本編を読み進めていくとだんだんと見えていきます。

ということで、まずはざっと物語のあらすじを。

※今回、わりとネタバレが普通にありますので、未読の方はご注意を。

主人公・松永四郎は、ほとんど父親が不在の家で人使いの荒い三人の姉の元、地獄のような毎日を過ごしていたが、家から逃れるために新設の全寮制高校への入学を決める。単身広島に向かった四郎は初めての土地でこれから始まる新たな生活に高揚感を抑えきれない。だが、ルームメイトのイケメン・織田未来は体は女、心は男という「性同一性障害」(GID)だった。この秘密を知っているのは教員と四郎だけ。彼は秘密を他に漏らさぬように協力を求められる……。

今回のヒロイン、未来は単なる男みたいな女、というわけではありません。いわゆる“俺女”とは違います。彼女は普通に女の子が好きで、女性の裸に欲情もします。しかしそれは“同性愛(レズビアン)”とも違います。あくまで、「男の気持ち」として女性が好きなのです。つまり、ハートは「ノーマル」なのですね。

そんな彼女(?)に主人公は惹かれていくわけです。もうこの時点でハッピーエンドのイメージがありませんよね?どう考えても悲恋のにおいがしてきます。そもそもどうなればハッピーエンドなのかもよくわかりませんからね。

●広島焼きも悪くない

四郎はずっと女しかいない家庭で下男のような扱いを受けてきたので、女性に対して苦手意識をもっています。だからこそ、女に変な幻想を持っていないだろうとのことで、未来は彼をルームメイトに選んでいます。

四郎は最初こそ未来の素性に戸惑い、面倒なことになったと不安にもなるのですが、
一緒に暮らしていくにつれ、だんだんとつるんでいることが楽しく思えてくるのですね。
それは気になる女の子と仲良くなる楽しさというより、どことなく「男同士」だからこそ気兼ねなくつき合える楽しさのようにも見えます。

俺の知っているお好み焼きと全く違う工程で、不思議な食べ物が作り出されていくのを、俺はじっと見つめていた。
(中略)
俺の知っているお好み焼きとは違う、けれどお好み焼きと呼ばれている食べ物。
熱々のそれを頬張りながら、俺はなんとなく未来も同じだな、と思った。
俺の知っている男とは違う、だけど男と言い張っている生き物。或いは俺の知っている女とは違う、だけど女には違いない生き物。
(中略)
味わってみるとそれは確かに悪くなく、好きになれそうな気がした。(本文100ページより引用)


●ギャルゲーの悪友としてのヒロイン

この未来というヒロイン、いうなればギャルゲーの悪友ポジです。
ことあるごとに主人公に対して、女の子と仲良くなれるようにアドバイスをしたり、
合コンのセッティングをしたりします。
そして、お互い軽口を叩いては笑い合い、まるで漫才コンビのような掛け合いを繰り返しては、他の女の子から「ほんま仲いいねェ」と感心されたりもするのです。
本人たちも異性関係とは違う、そんな屈託のない自然な関係を「楽しい」と感じる様になっていきます。それは恋人というよりはまるで昔ながらの親友のようです。

作中、主人公が他の女の子とデートをしているときに、未来を偶然見つけて、思わず声をかけてしまうシーンがあります。
未来は2人の邪魔をしちゃ悪いとすぐにその場を立ち去るのですが、
そのときに四郎は女の子に「なんか、松永君、寂しそう」と指摘されて、すごく狼狽するんですよ。

このシーンがすごくいいんですね。
なんというか、女の子よりも男同士でつるんでいるほうが楽しい感じって、特に高校生ぐらいのときにはあるじゃないですか。
でもそれを指摘されたり意識するとなんだかむずかゆいというか、否定もしたくなるような、でもそれもかえって変に思われないかと気にしてみたり。

そういう、まだ子供でも大人でもない時期ならばの未成熟な感情というのが、
すごくさりげなく描かれているのが心地いいんです。下品にならないというか。

●ずっと友達でいて欲しい

そういう、未来に「男」として惹かれているような描写もある一方で、「女」の部分に対しても意識していることも描かれます。
例えば生理の描写があったり、風呂上がりの姿にどきっとしたり。

果たして四郎は未来のことを“男”として好きなのか、“女”として好きなのか、それとも両方か。
読者も読んでいるうちに、未来のどこに惹かれているのか、だんだんとわからなくなってくるわけです。

ただ後半、四郎は自分の気持ちに気づいていきます。バイト先で好きな人について聞かれたときに彼はデートした女の子ではなく、未来のことを思い浮かべるのです。
でも彼は知っています。自分が未来と一緒に居られるのは未来を「男」として扱っているからだと。

「性同一性障害」のような題材は非常にセンシティブな問題をはらんでいます。
生半可な知識や思い込みで扱えば、それこそ、大きな社会問題にもなりかねません。
そういった意味では今回、森橋さんは大きな冒険をしたと言ってもよいでしょう。
(巻末には「作中の人物のGIDについての記述はあくまでも著者の創作によるものです」とことわりがあります。それだけデリケートな問題なのです)

もちろん、森橋さんは単に「インパクトのあるネタ」として「性同一性障害」を取り上げたわけではありません。
未来の心情描写を読めば、この問題について真摯に向かい合おうという、
並々ならない決意みたいなものが伝わってきます。

最後のほうで未来の元「彼」という人物が登場します。彼は未来の幼なじみで兄弟のように仲が良くって、だから未来は告白されたときに「こいつなら、男でも、好きになれるかも」と付き合いはじめたわけです。
だけど、未来の「心」は駄目だったんですね。キスを求められて殴ってしまい、それっきりになります。

この辺の未来の心情は痛いほどにリアルです。
そういった方面に疎い私でもわかります。

そしてその話を聞かされる四郎の気持ちも……。

「ずっと友達でいて欲しい。もう嫌なんだ。友達を、なくすの」

こう言われて、ずっと友達でいると約束した四郎の心の痛みを、未来は知っているのでしょうか。

「俺は一生、死ぬまで、永遠に、この恋を表に出したりは、しない」

そう誓いながらも、せめて虚像だけはと未来の姿を目で追ってしまう切なさを。

●未来の愛読書は……

ところで今回、「東雲侑子」シリーズの読者に対して、ちょっとしたサービスがあります。

なんと作中で、未来が「西園幽子の短編集」を読んでいるんです!
おまけにその本には冒頭、「私の大切な人に、この本を捧げます。」とあるわけです。

「東雲侑子」シリーズを最後まで読んだ方はもうおわかりですよね、
そう「東雲侑子は全ての小説を愛し続ける」の作中小説「恋愛学舎」の序文です。
こういう遊びは、思わずにやりとさせられますよね。

さらに言えば、「恋愛学舎」には「ラヴオール」という作品が収録されていました。
それは、女の子が好きな女の子の話なわけです。
この短編を、未来や四郎がどう読んだのか、
そんなことを想像するだけでなんだか胸がざわついてきませんか?

●心と体が一致しないということ

この恋にどういう未来が待っているのか、現時点では検討もつきません。
どう収まれば、ハッピーエンドなのかもわかりません。

きっと正解はないのでしょう。
ただ、私はとにかく四郎を応援したいと思いました。
男とか女とかどうでもいいから、この恋が報われてほしい、と願ってしまいました。
なんだか、自分の中の常識というか恋愛観みたいなものを揺さぶられているような感覚でしたね。

「心」で未来の気持ちを汲み取って、「一生友達でいる」と決意しても
「体」では未来に「恋」をしてしまっている。

この「心」と「体」が一致しないという面では、四郎もまた未来と同じ辛さを味わっているわけです。
そう考えると、セクシャルマイノリティの問題というよりも、「心」と「体」の“ずれ”こそが本来のテーマなのかもしれません。

それにしても、サブタイトルの「 -一年目 春-」がなんとも不穏な感じがするのは私だけでしょうか。
これから二年目、三年目、あるいは夏、秋と、時を重ねていく中で、四郎と未来の関係がどう変わっていくのでしょう。
なんだか次巻が楽しみのような怖いような……

いずれにしても、彼らの物語はまだ始まったばかりです。
おそらく、これから「偏見」や「差別」といった問題にも直面せざるを得ないでしょう。
といっても社会的政治的な作品にするつもりもないでしょうから、青春小説としてのさじ加減も求められます。

あとがきの「そもそもライトノベルとして間違ってる気がする」発言は意外と本心なのかもしれません。
それでも続きが出ることを明言しているのですから、いかに相当の覚悟をもって取り組んでいるかがわかるというものです。
私も読者として、最後までその覚悟を見届けようと思っています。

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(2014/06/30)
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