「サクラダリセット」を楽しむための5つのこと~「ご都合主義」であるべき物語~

先日、実写映画の前編が公開になり、4月5日からはいよいよTVアニメも始まる「サクラダリセット」。
メディアミックスが発表になった際には記事にもしましたし、個人的にもスニーカー文庫時から愛読していた作品ですので、やはりいろいろと気になります。

イベントレポや試写会の模様もネットでいくつかチェックしてみたのですが、キャストやスタッフのみなさんがけっこう「哲学的な話」とか「わかりづらいところもあるでしょうけど」と話されているのが少し気になりました。
これだとかえって、初見の人にとっては逆にハードルが上がってしまうのではと、ちょっと心配になってしまったんですね。
実際、映画の感想やアニメの前評判を見ると、「見ていて混乱した」「なんか難しそう」という声もけっこう目についたんですよ。原作ファンとしては、それはあまりよろしくない状況なわけです。

まあ確かに、わかりやすい話ではないです。
シリーズ刊行中にも何度か映像化の動きがあったそうなのですが、「ルールの複雑さ」などで断念したという話があるくらい、映像化が困難な世界観なんですね。

でも、だからといって、こんな面白い話を知らないままでいるのはもったいないと思うんですよ。
そりゃあ、設定はややこしいですけど、言いたいことはすごくシンプルな話でもあるんです。
ファンとしては是非多くの人に知ってもらいたいわけなんです。

というわけで、今回は「サクラダリセット」の世界を楽しむための予備知識というか、いくつか押さえておきたいポイントを個人的な見解から整理していきたいと思います。
実写にせよアニメにせよ、もちろん原作小説にせよ、これから「サクラダリセット」を知る人にとって、何かしらの道しるべになればうれしいです。

※基本的な舞台設定や登場人物、あらすじ等は、各公式サイトでご確認ください。
大きなネタバレはしないつもりですが、まったくの予備知識なしで作品を楽しみたい方には、
↓以下以降は見ないことをお勧めします。




●「リセット」は時間が戻っているわけではない

まず、「リセット」という能力について。
単純に「時間を巻き戻す」というふうに理解してしまうと、話がよくわからなくなります。
これはむしろ、英語表記にしたほうがわかりやすいでしょう。

“Re-Set”

そう、再びセット(構築)するという意味なんです。
つまり、時間が本当に戻ったわけじゃないんです。世界の全てをセーブの瞬間まで復元するという意味なんですね。
そう、「復元」。
リセットというと、「なかったことになる」と考えがちですが、実はそうではないんですね。
そうではなくって、物質も人の心もなにもかもをセープ時点までの状態に作り直しているだけなんです。

このことは意外と見逃しやすいですが、かなり重要です。
だからこそ、浅井ケイの「記憶保持」という能力がいかに最強であるかということにつながっていくわけですから。


●「記憶保持」という能力こそが一番強いということ

ところで、「記憶保持」って、一見むちゃくちゃ地味な能力だとは思いませんか?

能力者同士の戦いでどれだけ有効なのか、ちょっと疑ってしまいますよね。(少なくとも私はそうでした)
「猫の気持ちを共有できる」だの「嘘を見抜ける」だの、地味な能力ばかりが出てくる「サクラダリセット」の中でも、「どうやって戦うの?」って言いたくなるような地味さです。
でも、この「記憶保持」がどんな能力よりも最強なんだということこそ、この「サクラダリセット」のキモなんですよ。

世界5分前仮説という仮説があります。これは作中でも言及されますし、「涼宮ハルヒ」シリーズでも出てきた話なので、知っている人も多いでしょう。

要するに、世界は5分前に始まったかもしれないという思考実験なわけですが、これと同じことが「リセット」にも言えます。
つまり、この世界は、3日前までいったんリセットされた世界である、という説を誰も否定できないわけです。
ただすべての人の認識も含めてリセットされているので、誰もそれを観測できない、ということなんですね。
でも現実問題としてはだからなんだというだけで、すべての人がそれを認識できないなら、まったく意味のない話です。

実際、春埼美空が単独で「リセット」をしていたこともあるのですが、春埼自身がそれをリセット後には覚えていないので、実質「リセット」したことにはならないんです。

「リセット」にはそれを観測する人間が必要です。
「リセット」前のことを覚えている人間が存在することで、初めて「リセット」という能力は意味を持ってくるわけなんですね。

ここまでいえば、なぜ、浅井ケイの「記憶保持」という能力が最強かということがわかるでしょう。

そう、彼だけが「リセット」されたことを覚えていられるわけです。
逆に言えば、彼が「リセット」したということを知らせなければ、誰もそれを認識できないということになります。


●「リセット」は最強ではない

炎ですべてを焼き尽くすとか、氷で敵を凍らせるとか、そういう派手な能力はでてこない「サクラダリセット」ですが、
こんなの反則だろといいたくなるような「チート」ぽい能力はけっこう出てきます。
例えば「コールしたものを消す」とか「記憶操作」とか「物を好きなように作り変える」とか。でも、実はこれらの能力は“それ単独では”たいしたことがありません。

どの能力にも「制限」があって、ある特定の条件下でしか発動できないとか、まあいろいろあるわけですが、何よりもそれらは「リセット」という能力で無力化できるという大きな弱点があります。だからこそ、「記憶保持」という能力が大きな意味を持ってくるわけですね。

逆に言えば、もし仮に浅井ケイを脅かす相手が存在するならば、それは「リセット」の影響を受けない者ということになります。
「リセット」は強力な能力ではありますが、最強ではありません。あくまで最強なのは「記憶保持」だけです。

この意味がわかれば、後半の展開により衝撃をうけることでしょう。
どうすれば「リセット」を乗り越えることができるのか、それを予想してみるのも面白いかもしれませんよ。


●能力の組み合わせの効果はあまり気にしすぎないほうがいい

さきほど、“それ単独では”と言いましたが、つまりは、いくつかの能力を組み合わせば、思いもしなかったことも可能になるということです。

この「能力」の組み合わせというのが、「サクラダリセット」の面白いところではあるのですが、同時に私は欠点でもあると思っています。

あれとこの能力で、こんなことが!というゲーム的な面白さは確かにあるのですが、
正直、ややこしすぎるというか、小説上でも何度も読み返して確認しないと、いまいち腑に落ちない場面も多々あったんですよ。
そこに頭を使い過ぎると、かえって物語をあまり楽しめなくなるような気がするんです。

だからこそ、むしろ、あまりそこに注目しすぎないことをお勧めしたいですね。
それは確かに物語を盛り上げるエッセンスではありますけど、本筋ではないと思いますので。

ただ、浅井ケイの「記憶保持」という能力があるからこそ、この合わせ技が有効なのだ、ということだけは押さえておいたほうがいいです。

彼は、リセット前の事をただ知っているだけではありません。
誰がどういう性格で、どういう主義主張を持ち、どういう言い方や問いかけをすれば、話に乗ってくるということをすべて覚えているんです。だから、“協力者”を集うことができるんですね。

ここに彼の「最強」さがあるというのは是非頭に入れておいてください。


●「スワンプマン」の話が重要

物語の最初に出てくる「マグガフィン」という言葉は、実はそれほど意味がありません。
そういうものがある、くらいの理解で大丈夫です。

それよりも、もっと重要なキーワードがあります。
それは「スワンプマン」という言葉です。
あるいは「名前のないシステム」、そして相麻菫の「アンドロイドは誰?」も同じくらい重要なフレーズですね。

これらの言葉は心に留めていたほうがいいです。そして、いったいどういうことなんだろうといろいろ想像してみてください。きっと、物語の終盤に、ああそういうことだったのか、と驚きとともに納得するはずです。



他にもいろいろあるといえばあるのですが、あまり多くしてもそれこそ「なんだかめんどくさそう」となってしまいそうなので、この辺にしておきます(笑)。


最後にひとつだけ。

映画を見た人の感想でひとつ気になった言葉に「ご都合主義的だ」というのがありました。
つまり、能力などのルールが物語構築のための後付けではないかというわけですが、
原作ファンから言わせれば、これはそもそもナンセンスな指摘というか、はっきりいって、この話の本筋を理解していない意見だと言わざるを得ません。

「サクラダリセット」に出てくる能力というのは「能力者が望む願い」が発動されるものです。
つまり、この場合の「能力」というのは、元々“都合”に合わせて発生するものなんですよ。
はじめからそういう設定で、そのことに対する是非を問いている話なんです。
それを否定するならそもそもこの話の根幹が壊れてしまうんです。

シンガーソングライターの高橋優に「ボーリング」という曲があります。
 
どんな歌かといえば、Youtubeなどで聴いてもらうのが手っ取り早いのですが、まあ端的にいえば、

「僕らにだけ都合のいいように 全宇宙が団結してくれりゃいいのに」

こんな詞がでてくるような歌です。

個人的に高橋優の中でもっとも好きな歌なのですが、
このあまりにストレートでわがままで美しい“願い”に、不快感しか持たない人には、きっと「サクラダリセット」は向いていません。

もちろん、高橋優はこの歌で、本当に「働かなくても美味しいご飯が食べたい」とか「努力しなくてもプロでありたい」と訴えかけているわけではありません。
この世界はそんな都合のいい風にはできていないし、みんながそんな身勝手でであったなら社会は成り立ちません。

でも、だからなんだというのでしょう。
そんなことは始めからわかっているんですよ。
わかっていて、それでもその純粋さを信じようと決めて歌うから美しいんです。
要するに「覚悟」の歌なんです。

泣いている人がいたらリセットする。
不幸よりは幸福の方がいい。

それらのシンプルな想いは美しいですが、正しいとは限りません。
リセットしたことで、失った想いや涙もあることを浅井ケイは知っています。
それでも彼は「能力」の正しさを求めようとします。

「正しいものは、どこかが正しくない。正しくない所まで理解して、それでもなお正しいものだけが、本当に正しいものだ」

これは作中に出てくる言葉ですが(浅井ケイの言葉ではありません)、要するに、正しいことは正しくないんですよ。誰かの涙をなくしたい、というその願い自体は正しくても、だからといって、都合のいい能力でみんなハッピーなんて正しくないに決まっていますし、そもそも絶対にうまくいくわけがないじゃないですか。
そういったこともすべて受け入れたうえで、それでも「僕らにだけ都合のいいように」という正しさを信じようとする物語なんです。

これを単純に子供のわがままだと、簡単に切り捨ててほしくはないですね、私は。

この作品は「ハッピーエンド」ではありません。
「ハッピーエンド」であろうとする物語なんです。
その“意志”こそが重要なんですね。

「記憶保持」という最強な能力は、その強さゆえにとても悲しい能力でもあります。
それは、「正しいことは正しくない」と同じ意味で、もっとも「弱い」能力でもあるといってもいいでしょう。

浅井ケイたちの「覚悟」を是非最後まで見届けてほしいと心から願います。


新装版最終巻はこちら。


スニーカー文庫版も並行して発売中のようです。


kindle版もあります。
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tag : 河野裕

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