「満願」感想第5回「関守」~ホンモノの婆ちゃんのこわさ~

しばらく間が空きましたが、「満願」の感想がまだ途中でした。
というわけで「満願」感想5回目は「関守」です。

※これまでの感想は以下にあります。
夜警」「死人宿」「柘榴」「万灯


え~、一言でいうと「ホラー」ですね。といってもオカルトやファンタジー的なものではなく、「世にも奇妙な物語」に出てきそうな感じでしょうか。

あらすじとしてはフリーライターの主人公が「都市伝説」のネタのために、伊豆半島南部の柱谷峠に訪れる。そこは四年で四件、同じ場所で転落事故があるという。もちろん、主人公はまったく信じていないが、記事に使えそうな話を聞くために峠にあるドライブインに立ち寄る……
といった感じです。

これだけなら、2chの「オカルトスレ」や「本当にあった怖い話」にありそうなベタな怪談話と言ってもいいくらいの手垢染みたものでしょう。もちろん、そこは第27回山本周五郎賞受賞した作品、単なるオカルト話なわけはありません。読み手にベタな「都市伝説」的な怖さを駆り立ててもらうための意図的な演出なわけです。

関守」という作品の怖さは二つあります。
一つは文字通り「関守」の話の怖さ。ここではドライブインを一人で切り盛りしているおばあさんの話です。単純に読めばラストのセリフも含めて、純粋に“怖い”話です。話好きで人の良さそうなおばあさんの雰囲気が、より「都市伝説」的な怖さを駆り立てますし、事故の状況をまるで世間話でもするような感じで語っていくところが、かえって不穏な匂いを意識させるのですね。

ただ、それだけなら単なる「怖い話」で終わりです。やっぱりもう一つの怖さがあるからこそ、より深みのある作品になっているのです。


(以下、ネタバレを含みます)
※核心部分は見えにくくしています。


●「満願」中もっとも「本格推理」している作品

読み始めればすぐに、ドライブインのおばあさんが「何か」やっていることはわかります。ただ、読者にはおばあさんの「素性」や「目的」がわからないため、主人公とともに一人また一人と事故の話を聞きながら物語の方向性を探ることになっていきます。

つまり、「幽霊」とか「呪い」とかそういった“非科学的な”ファンタジー要素があるのか、それとも「人間の業」を描いたミステリとして合理的な解決を見るのか、ですね。

主人公とともにおばあさんの話を聞きつつ、事の真相を推理していくスタイルはある意味、「満願」の中でもっとも「本格推理」的といってもいいかもしれません。

また、この作品のうまいところは事故の話が直近のものから徐々に時間を遡って語られることですね。これが実はおばあさんの「動機」につながっていくわけです。冒頭で語られる「四年前まで亭主とふたりでしたがいまはひとり」。
このセリフと都市伝説の「四年で四件」が読み進めていくうちにかっちりはまったときはちょっと快感でしたねw

話の舞台である「柱谷峠にあるドライブイン」はめったに人も来ないようなさびれた茶店です。必然的に、事故の被害者がここに立ち寄った「目的」が真相を解き明かす“カギ”となってきます。

一つ目の事故の被害者は県職員の前野という男。ここでのポイントは「資源を探していた」ですね。彼がどんな“資源を探していたのか”。それが事故とどう関係するのか。この時点で読者は主人公とともに“探偵”となっているかもしれません。

その前の事故の被害者は二人。田沢という地元出身の男と藤井という女です。ここでは田舎に戻ってきた理由(お金を無心)は実はミスリードで本当はおばあさんの「田沢さんはところ構わず蹴っ飛ばしても女は蹴りませんでした」というセリフこそが重要だったことが最後になってわかるのですが、これがなんとも言えない気持ちにさせられますねえ……。

三つ目の事故の被害者は大塚という史学科の大学生。ここで重要なキーワードが出てきます。「林谷の関」。ここで主人公はこれを死者たちの“共通項”として「都市伝説」記事にできないかと考えるのですが、今までの被害者の話からそれは無理と判断します。さらには、もし記事として成り立つ道があるならそれは「ホンモノ」である場合だけだと結論づけるのです。
この「ホンモノ」という言葉。これこそが、“もう一つの怖さ”の正体でもあります。

そしていよいよ四年前の事故。高田太志の話によって“関守”の真相が語られます。この話を一家の悲劇と呼ぶのもありかもしれません。おばあさんの動機にはそれなりの同情の余地があるでしょうし、一番悪いのは女を虐げているろくでなしの男、という構造も「横溝正史」作品を髣髴とさせます。でもねえ。娘のため、孫のため、といってもけっきょくは犯罪が表に出ないための保身ですからねえ。やっぱり“怖い”ですね。

最後の一文、「……それとも、もうそろそろ、聞こえんかね」
こじ開けた目の前に老婆が笑いつつこのセリフですよ。
これはもう完全に「ホラー」ですね。

●「ホンモノ」が意味するもの

正直、これだけでも充分にミステリとしてのクオリティはあると思います。ただ、この作品集のすごさはさらにもう一歩、踏み込むところにあるんですね。そう、おばあさん側の話だけではなく、フリーライターである主人公側の話に注目すると、また違った“怖さ”が見えてくるんです。

主人公は「都市伝説」のネタを追っていますが、別に「オカルトライター」ではありません。というか得意な分野すらない、小器用な「なんでも屋」なのです。しかも得意だ好きだと思っていたスポーツ系でさえ、「浮ついた興味しか持っていなかった」。要するにどんなことでもそれなりにそつなくこなせるが、「ホンモノ」は書けないんですね。今回のネタも世話になった先輩から紹介してくれた「借り物」のネタです。

そんな自分に自虐的な思いを秘めつつもどこかうしろめたさがあるのか、オカルト系が専門の先輩の、「ホンモノ」かもしれないから気を付けろ、という迷信めいた言い草に反発して、「ネタ」として弱いと思いつつも取材に向かうのです。

最後の高田の話を聞く前に主人公は一度、店から外に出て煙草を吸いにいきます。ここで「林谷の関」の話が載っているパンフレットを読みつつ、先輩の「ホンモノ」という言葉を思い出すのですが、ここがこの主人公の分岐点なんですね。なにしろおばあさんはしょせん「関守」です。この店を離れてしまえば、難を逃れた可能性が高いのですから。

ところが、「ホンモノ」に引け目がある主人公はここで「まさか」と笑ってしまうわけです。そして、その時にお堂の牛乳瓶が落ちる音。ここのシーンはある意味、ラストシーンより怖いかもしれません。

この「ホンモノ」というのは別に“怨霊”や“たたり”が本当にあった、という意味ではもちろんありません。事の真相はおばあさんが最後、高田太志の話の時に語った通りです。

でも、事の発端は娘さんが無我夢中で店の前の石仏で高田を殴ったことからなんですね。おばあさんは娘と孫を“サカエノカミサン”が守ってくれたと言っていましたが、それ以来、おばあさんはその道祖神の秘密を守る役になるわけです。つまり、図らずも「関守」になったわけですね。

この不思議な巡り合わせこそが主人公が笑い飛ばしていた「ホンモノ」の正体なのです。

そこには“怨霊”以上の「ホンモノ」の人間ドラマがありました。亡くなったおばあさんの亭主が代々引き継いだ店は、長く険しい峠を越える人たちへのオアシスであり、豆南町へのみちしるべであったわけです。だからこそ、石仏が彼女を「関守」にしたともいえるのです。

主人公は「都市伝説」の裏にある、この不思議な因縁に気付けなかった。それはどんな分野にもそれほど、本気になれなかった「何でも屋」ライターだったからではないでしょうか。

“四ページを埋めるのに、事故の原因を追究する必要はどこにもない。「なぜか不思議なことに」で充分だ”(244ページ)

もしも彼に先輩のような「直感」があれば、この伝説の裏にある「危なさ」に気付いたかもしれません。

●ターボ婆ちゃんより怖い「ホンモノ」

ところで主人公は、先輩にこのネタを聞いたときに、「ターボ婆ちゃんみたいなキャラが出てこない」から弱いと言います。しかし、本当はターボ婆ちゃんよりももっと恐ろしいキャラが出てきていたんですよね。

“椅子から立つと、改めてその小ささに気付く。重さを感じさせない体を、ゆっくりとした足取りで運んでいく。このばあさんは何歳くらいなのだろう。~(中略)~娘が近くに住んでいて、孫が遊びに来てくれると言っていた。他人のことながら、それはよかったと思う。こんな気持ちは日銭稼ぎで擦り切れたと思っていたが、まだ自分にも残っていたらしい”(260ページ)

最後まで読み終えた後、改めてこの部分を読み直すとこの作品の本当の怖さに気づくでしょう。
おばあさんの年齢や大きさがはっきりしていないのは当然です。彼には「ホンモノ」のおばあさんの姿が見えていなかったのですから。

満願満願
(2014/03/20)
米澤 穂信

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tag : 米澤穂信 満願

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