「満願」感想第4回「万灯」~それは懺悔の光なのか~

第27回山本周五郎賞受賞の話題作満願の感想、4番目は「万灯」です。

一言で言えば「サスペンス」でしょうか。それも犯人視点での「倒叙ミステリ」形式ですね。

つまり、最初に主人公が罪を犯すまでの過程が描かれてた後、今度はその犯罪行為が“裁かれていく”様子を追っていくスタイルです。

そのせいでしょうか、今までの「夜警」「死人宿」「柘榴」のようなおどろおどろしい感じとは違い、単純にストーリーを楽しめる、まるで一本の映画をみているような緊迫感が味わえます。

と言っても、もちろん気分がスカッとするようなものではなく、読み終えた後のモヤモヤ感は強烈ですが……

ざっと、あらすじだけ整理しますと
時は昭和50年代。商社マンとしてバングラディッシュに滞在している主人公が、天然ガスの開発事業の進めるために、ある村を開発拠点にすべく交渉に乗り出す。しかし、村の権力者であるマタボール・アラムはどうしても首を縦に振らない。打つ手なしかと思っていると同じ村の権力者シャハからある提案がなされる……

とまあ、こんな感じの話なのですが、これだけだと、世界を股に掛けた企業謀略小説みたいですねw
実際には社会の暗部を暴くとか、そういった大仰なものではなく、どちらかというと主に海外を舞台にしてるわりに「蘇民将来」の話が大きな鍵となっていたり、他の短編同様“和風ミステリ”の趣きだったりします。


●主人公はスーパービジネスマン

まず、この作品が怖いのは、読んでいるうちに主人公に少し共感してしまうところですね。

主人公の伊丹は仕事に対して大きな使命感と情熱を抱いている人物です。己の勇気と決断の力で数々の困難を乗り越えてきた自負があり、自分の仕事が会社の利益だけではなく、人々の生活を豊かにすることと信じて邁進しているスーパービジネスマンです。
そして、その目的ために必要ならば犠牲も惜しまない果断の人です。そう、たとえそれが“殺人”であろうとも。

(以下、ネタバレを含みます)
※核心部分は見えにくくしています。

というわけで、冒頭で主人公はアラムと森下という人間を殺したことがまず語られます。
そこから、なぜ2人を殺さなければならなかったのか、となるわけですが、これがけっこう伊丹に感情移入させられるんですね。自分の判断ミスで部下が腕を失ってしまい、伊丹が病室で声を殺して泣くシーンなんて、ぐっと胸が熱くなるくらい。

つまり、主人公は冷酷な殺人マシーンではないんです。人間らしい感情はあるんですよ。結婚もせず、趣味も遊びも知らずにひたすら仕事に打ち込んできたのも、出世欲や権力欲ではなく、自分が確保したガスが日本に運ばれ、電力となり、それが夏祭りの明かりになり、産業の血となることを望んだからなのです。

●殺人は必要悪か

ところどころでそういった主人公の崇高な想いが語られる一方で、その手段として、賄賂が必要なことも語られます。利権で官僚も警察も腐敗しているアジア諸国において、それは必要悪というか、むしろ必要不可欠なものとも言えるかもしれません。
大きな目標のためにはきれいごとばかりではなく、汚れ仕事もあることは誰もがわかっていることです。
だからこそ、読者は主人公の選択に嫌悪感を抱きつつも、どこかで後ろめたさも感じてしまうのではないでしょうか。

また、一方で村の権力者アラムも、実はバングラディッシュの未来のために子孫にガスを残すことを夢抱いています。つまり、理想は伊丹と同じなのです。
そして、アラムの殺害を依頼したシャハたちも、何もお金のためだったわけではありません。病気の子供を助ける事もできない村の現状を憂いて、村全体が豊かになる道を模索した結果なのです。

登場人物それぞれみんなが、国を思い、子孫を思い、犠牲も厭わずに理想に向かって生きている。
その結果がふたつの殺人。この落差に読み手は愕然とさせられるのです。

●思いも寄らなかった存在とは

あともう一つ怖いのは、先ほども触れましたが「蘇民将来」の話ですね。宿を貸さなかった村人に死を与える異邦の“疫病の神”
そして、主人公はこの神の名は「資源」だと言います。
これらのキーワードが最後の一文で大きな意味を持ってくるんですが、これがね~

「万灯」は犯人目線で話が進むため、動機やトリックがミステリテーマではありません。
「夜警」「柘榴」はホワイダニット(動機)、「死人宿」はフーダニット(遺書を書いたのは誰か)とするなら、「万灯」はハウダニット(どのように犯罪を成し遂げたか)の変形になるかもしれません。
つまり、(なぜ犯罪が露呈したか)です。成功したと思われた“完全犯罪”がどうして“裁かれる”ことになったのか、が最終的な問題となっています。これに関しては、本作冒頭で「思いも寄らなかった存在」によって、とあるのですが、ここで「蘇民将来」の話がヒントになるわけですね。

これはぜひ、作品を通して知ってほしいのであえて、ネタバレはさけますが、まあいろいろ考えさせられますよ。
穿った見方をすれば、エネルギー問題や貧困問題などを絡めて、文明社会への警鐘とも読めるかもしれませんが、逆にそれはこの作品を過小評価しているようにも感じます。

それよりももっと根源的なもの、そう「原罪」というか神話的な贖罪の話のようにも思えるのです。


ああ、それにしても、最後に主人公がみる「万灯」の光景がなんと皮肉に見えることか!
彼が見たあの「万灯」は彼の追い求めた明かりでもあったわけですから……


ところで、「万灯(まんどう)」とはその名の通り、“数多くのともしび”のことですが、
この場合は当然、懺悔のために灯明をともして供養する“万灯供養”にかけているのでしょう。
その意味を噛みしめつつ、主人公・伊丹が見た光景を想像してみるのも読書の醍醐味と言えるかもしれません。

「万灯」は今回の単行本の表紙にもなっていますね↓
満願満願
(2014/03/20)
米澤 穂信

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tag : 米澤穂信 満願

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