主観と客観~ラノベとアニメの断絶~(アニメ「ゴールデンタイム」感想の断片 2)

今回も前回の続きで、アニメ「ゴールデンタイム」の感想の“断片”を 綴っていこうと思います。
今回は第7話から第12話まで。ここまでで1クール分終了ですね。
※原作およびアニメのネタバレ全開です。


第7話
なるほど警察署内で一応、香子の気持ちの説明はやってくれるのか。よかった。でも岡ちゃんへの複雑な思いはこれまで全然フォローできていなかったし、この言い訳でどれだけわかってもらえるのか……なんで香子の母親を出さないのか。そういえば、ここのくだりって原作だと“幽霊万里”目線の語りだったよな…香子にドン引きして「こいつとんでもない女とつき合う事になったぞ」と今万里に語りかけていたっけ。幽霊万里が香子をどう見ているかってけっこう重要な描写だと思うんだけど。ああ、リンダからの逃走をギャグにしちゃうのか…これはいやだな。単に気まずいというだけじゃないんだよ、これじゃあリンダの存在自体が自分の存在を否定してきているかのように思えてしまう恐怖が伝わらないな。ていうか、ここでこそ、“幽霊万里”を見せるべきだろ。
リンダから逃げている万里をもどかしく見ているしかない切ない姿を描いてくれないと……それを見せないから“悪霊”扱いされちゃうんだよ。「みつおがピンチ」えええ、ここで切るの?

第8話
あれこの回想シーンはいつだっけ。「十日間事件」。ああ原作だと4巻か。あれをここに挿入するのか。なるほど遊園地、やっぱり「飲み会」はNGなのね。6話でもそうだったけど、こうしてみると呑みシーンてけっこう重要だったんだな、アルコールがないとこんなに会話も行動も不自然に感じるんだ…顔麺は無理があるだろう…えええ、ここでリンダにその答えを聞いちゃうの!?ああそれで冒頭に「十日間事件」か…ここでNOの答えを言わせてしまうのは正直、改悪だなあ……つーか普通に考えてリンダがここでYESというわけがないことに頭が回らない万里がすごくバカに見える。あれ、そもそもこの時点では万里って告白のために橋で待ち合わせしていたって知らなかったよな?

第9話
3巻まで消化。リンダの「香子ちゃんを見つけてあげて」はオリジナルか。うん、これはいい改変かも。ああ入れ替わりがどうしても唐突に見えちゃうな。前回の「寝おち」もそうだけど、文章だと自然な流れなんだけど。なんでだろ。やっぱり幽霊万里の感情の“変化”を描けていない気がする。

第10話
だから前回で思わせぶりな引きをするから……すぐに戻ると拍子抜けの感じになるじゃん。香子のスリッパがきっかけで戻ったんだけどあんまり伝わっていないような。感情だけがインストールされた“気持ち悪さ”は文章じゃないと伝わらないのかなあ。この辺の万里の心理描写はすごく好きだったんだけど…単なる都合のいい設定と思われるのは原作ファンとしてはやだな。エンディングはまあこんな感じか。でも本当は万里の心の中、もっとぐちゃぐちゃなんだけどね。アニメ的にはきれいに終わっているのが逆に不穏な空気を醸し出しているのかな。

第11話
割と原作通りの話かな。さおちゃんしーちゃんはオリジナルか。エンディングへの引きもいいし、いままでで一番安心して見れたかも。ただ、「それって最低かもな」は幽霊万里のモノローグに意味があると思うけど。ていうかやっぱり、幽霊万里の存在の描き方に迷っている感があるな。

第12話
なんかまじで最終回ぽいな。これじゃ1クールでいいだろと言われるわな。でも4巻終盤を割と尺多めにとってくれたのはよかった。ただ、部屋での会話の流れがこれほど伝わらないとは…あそこで別れるべきなんて発想は自分にはまったくなかったので、逆にびっくり。というか原作のニュアンスだと「めでたしめでたし」じゃないんだよなあのシーンは。いろいろ偽ってごまかして嘘を重ねての“仲直り”なんだけど全然そういう風に描けていないなあ。エヴァ風に言えば「偽りの、再生」なんだけどねw 最後のリンダのシーンもこれじゃあ…まるですべて解決、みたいじゃないか。せめて“血まみれの万里の亡霊”でも見せるべきだったと思う。そうでないと本当にこれは全12話でいいことになる。ここから13話以降繋げると“引き延ばし”に見えちゃうよな。実際、このあとなにやるの?というコメントもあったし。

こうして見てみると、不満は特に7話と8話、そして12話に集中していますね。

それにしても、原作と同じシーンでも意味がまったく別に取られてしまうのはすごく残念ですね。
単にストーリーの流れやキャラクターの行動をトレースするだけでは、微妙なニュアンスが伝わらないばかりか、
場合によってはまったく逆の意味に取られてしまうというのは正直、新鮮な驚きでした。

今回感じたのはラノベの「ゴールデンタイム」という作品はむちゃくちゃ“雄弁”なんだなということ。
アニメだとさっと流れてしまうシーンでも、ラノベだと心の動きすべてをひとつも漏らさずに刻んでやるとばかりに心理描写が濃厚なのです。(ラノベ特有というより竹宮さん特有の作風ですが)
なので、ちょっとしたキャラの心理描写やしぐさを1行カットしただけでもどうも違和感を感じてしまう。

例えば、アニメ8話におけるベランダでの会話シーン。
突然の「俺は帰りたいよ!」はニコニコでもけっこう戸惑いのコメントがありました。
あそこのシーン、原作ではリンダはこう言っています。「私たちは、変わらない。……そう思ってもいいかな」
リンダに他意はありません。ただまた万里と普通に接していきたい、という意思表示です。
ところが万里は、こうつぶやきます。「変わっていないことなんてあるだろうか」と。「万里は万里だと、あの頃のままだと、やっぱりリンダはそれを望んでいるのだろうか」と。
そして『やっぱり「この自分」は、受け入れられないのだろうか』と黙り込んでしまうのです。

実はこういったちょっとしたモノローグの積み重ねが次の展開につながっているのですね。
この場合もさきほどの心の葛藤が「俺は、帰りたいよ!」につながっていきます。つまりあの“寝おち”には理由があってのことなのです。
「ゴールデンタイム」の文章をつぶさに追っていくとこういうことばかりにぶち当たります。
アニメだと突然切れたように見えたり、都合よく記憶が入れ替わったりように見える場面も、実は前の流れを踏まえてのことだったりもするのです。

ただ、アニメでは尺の制限もありますし、飲酒シーンなどNG描写もあるでしょう。
それに文章のように延々キャラクターの内面描写をナレーションで語らせるわけにもいかないでしょうから、難しいところですね。
第3話の万里と香子の会話さえ、だれる感じがありましたからね。やっぱりアニメと文章では表現に向き不向きがあるのでしょう。

あと、ニコニコのコメントを見ていて気づいたのですが、アニメ視聴って『突っ込み』ありきなんですね。
文章で読むと別段違和感がなくても、絵と声が付いて、動きがあるとすごく陳腐というか『突っ込み』たくなるシチュエーションてあるんですよ。

6話の万里の「イエース!」なんて、そりゃキ◯ガイ言われますよ……
あそこも原作では違和感なく自然に読めたんですよ。きっと私の主観が『多田万里の主観』と同期してたんですね。
それが、アニメだと“絵”がついて“声”がつきます。つまり『客観的に』見るしかなくなるんです。

これはけっこうラノベとアニメにおける大きな断絶だと思います。
たぶん、ラノベ原作アニメがアニメファンに嫌われやすいのもこの辺にカギがあるのではないでしょうか。

というわけで、2クール目(13話~24話)はまた次回に。

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